第22話 オール・イン・ワン

「よっしゃー!」

 と森陽平が思わずガッツポーズを取って、審判からジロリと睨まれた。


 剣道の試合は「厳かな空気の中で行われるべきもの」という考え方が根底にあるため、試合中に派手に喜ぶことはマナー違反とされている。


 涼介はバツが悪そうにしている陽平を、


(バカめ)


 という目で見ながら、内心、この親友に感謝していた。


 今の角度からの打突なら、小手抜き面や打ち落とし面より小手返し面の方が良い。しかし、涼介自身、その技があまり得意ではなく、秀一にも教えていない。


 秀一にこの技を教えたのは、おそらく小手返し面を得意としている陽平だ。


 ***


 新人戦の2ヶ月ほど前の昼休みのこと。


「よぉ、涼介」


 陽平が学食にいる涼介を見つけて声をかけてきた。


「お前、またカツカレー食ってんのか。ほんと子供っぽいものが好きだな」

「ハンバーグランチ食ってるお前に言われたくねぇ」


「隣いいか?」


 おう、と答えて、涼介が隣の椅子に置いていた上着をどかし、そこに陽平が座る。


「昨日、田中が俺んとこ来たんだけどさ」

「うん」


「参ったよ。小手に対して返しで応じるときと打ち落としで応じるときの角度の違いを聞かれてさ。俺もそんなこと考えたことねぇって言ったら、『シミュレーションさせてください』って言うんだよ。あんな堂々と人の技盗むやつ初めて見た」


 そう嬉しそうに話す陽平を見て、涼介は「良いやつだ」と改めて思った。秀一に求められるまま、陽平は何度もそのシミュレーションに付き合ったのだろう。


 そしてまた、秀一という後輩に対して、

(強くなるわけだ)

 と思った。


 秀一は桜坂高校剣道部にあって、ただ練習メニューをこなしているのではない。優れた技を持つ先輩や同学年の部員から一つずつ自分に必要なものを学び取ろうとしている。そういうことを素直にできる、という才能の種類があることを涼介は知った。


「なぁ、涼介」

「ん?」

「あいつ、いずれうちのレギュラーになるかも知れないな」


「かもな」

 と涼介も応じた。


 それは遠い日のことではないだろう、と思いながら。


「涼介、カツ1つくれ」

「お前はみんなからオカズ1品ずつ盗んで皿に盛っていくのやめろ」


 ***


 真田秀一という剣士は、桜坂高校剣道部のみんなから受け取った技術の盛り合わせとして成り立っている。そのことをもっとも分かっていたのは美羽かも知れない。


 準々決勝が始まる前、美羽が緊張している秀一に近づいて言った。


「秀ちゃん、左手を出して」


「え、何ですか?」

「おまじない」


 そう言って、美羽は秀一が差し出した手にマジックで何かを書いた。


「秀ちゃんが今までプレッシャーに弱かったのは、きっと1人で戦ってると思っていたから。でも、秀ちゃんはもう1人じゃない。試合前、もしプレッシャーに負けそうになったら、その言葉を見て」


 左手にはこう書かれている。


  みんなの力が

  この手に宿る!

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