第20話 田中丸の戦い1
二本目の開始早々、会場にどよめきが起こった。
秀一が変則的な構えを取ったからだ。
「なんだ、真田のあの構え」
「竹刀を横に寝かせて持ってるぞ」
もっともオーソドックスな構えである中段では、竹刀は基本的に、自分の体の左右中心である
ところが秀一は、体を閉じ気味に(相手に右肩を向けるように)立ち、顔の高さで竹刀を水平に構えている。刀というより槍でも構えているような格好だ。
その剣先がやや下がっているために、
「
と思った観客もいた。
三所避けとは、
もっとも、三所避けからは自分もすぐには攻撃できない。構えというより、初心者が打たれることを恐れるあまり取ってしまうポーズという場合が多いかも知れない。
秀一が取った変則的な構えは、一部の観客にその三所避けを連想させた。
しかし、実際に対戦している井伊は、
(いや、これは違う)
と思った。
秀一の竹刀は完全に下がってはいない。水平よりやや下を向いているが、こちらの喉元に向けられた剣先は攻撃の意志を示している。
少し手元を上げれば面を守ることができ、剣先を下げれば胴を守ることができる、さらに右小手が柄の裏側にあるために打てない、という点では三所避けの発想に近いところもあるが、この構えからなら、攻撃に転じることもできるだろう。
井伊はこんな構えを見たことがない。しかし、
(これは案外、合理的かも知れないな)
と感じた。
(面胴小手を守りやすくした上で、攻めてくれば技を返す、ということか)
***
この構えを秀一に伝授したのは涼介だ。
秋季大会が終わって間もない頃、全体練習後に涼介が秀一を残した。
2人とも胴はつけているが、面と小手ははずしている。
「俺が竹刀をこう構えてるから打ってきてみろ。俺からは攻撃しない」
そう言って、涼介はオーソドックスな中段に構え、剣先を秀一の喉元に向けた。
「はい。やってみます」
秀一は竹刀を中段に構え、涼介に打ちかかろうとした。
攻撃してこないと分かっているから、怖さはない。にもかかわらず……。
「あれ? 間合いに入ることができない」
喉元に突きつけられている竹刀が邪魔だ。秀一は足を使い、涼介の剣先から逃げようとしてみた。しかし、その都度、涼介は剣先をスッと秀一の喉元に戻す。
涼介が説明する。
「体の左右中心、正中線をきっちり抑えられていると、面・胴の間合いに入ることはできないんだ。つまり、相手の正中線を抑えることは、それだけでも防御になる」
「でも、その条件って……」
と秀一があることに気づいて質問した。
「僕も同じじゃないですか? 竹刀は基本的に自分の正中線上に構えるから、それで向き合ったら、お互いが相手の正中線を抑えている状態になりますよね」
「そうだ。だから、足を使ったり、フェイントを入れたり、相手の竹刀をしのいだりして、自分だけが相手の正中線を抑えている状態をつくろうとするんだが……」
もう一つ、こういう方法がある、と言って、涼介は構えを変化させた。
秀一に対して右肩を向けるように立ち、竹刀を顔の高さで寝かせて(水平より剣先をやや下げて)構えている。井伊直哉との試合で秀一が取ることになる構えだ。
「打ってきてみろ」
「はい」
秀一は涼介の正面に回り込もうとした。そうしなければ、涼介の正中線を抑えることができないからだ。しかし、秀一が足を使うと、涼介はスッと回転して、また自分の正中線を隠してしまう。その間も剣先はずっと秀一の喉元に向けられている。
「こんな構え、反則じゃないんですか?」
と秀一が聞いた。
「反則じゃない。これが反則なら『
霞の構えとは逆で、右胴が手前にあり、腕をクロスさせていない。
さらに竹刀を掲げている位置が高いため、胴は打ちやすそうに見える。秀一は面のフェイントを一つ入れ、胴を狙ってみた。
しかし、涼介は右手を引いて竹刀を倒し、秀一の竹刀を打ち落とすと、素早く切り返しつつ踏み込んで面を打った。
パパンッ!
胴打ち落とし面。
「痛ぁ。先輩からは打たないって言ったじゃないですか!」
「それはさっきの話だ」
「どSだ。やっぱりこの人どSだよ」
その他にもいくつかのシチュエーションを実演して見せた上で涼介が言う。
「この構えは防御重視、いわば要塞だ。相手が遠間にいるときに自分から攻撃することはできないが、攻めてきたときには返り討ちにしやすい。名付けて……」
と涼介はとっておきの名を告げた。
「田中丸だ!」
「いや、そこは真田丸でいいんじゃないですか」
———————————————
作者より
発想は三所避け、形としては「霞の構え」の逆に近いのが「田中丸」です。
通常の三所避け(画像検索していただくと、分かりやすいかも知れません)では、相手に体の正面を向けている(ため「突き」が弱点になる)のですが、田中丸では、相手に体の側面を向け、回り込まなければ突きも打てないようにしています。
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