第18話 君には失望したよ

 リーチで優る井伊は、自分だけが一刀一足で打てる間合いまで下がったと思っている。この距離で予想される相手の攻撃は「突き」だ。その迎撃を意識している。


 井伊の想定通り、秀一が踏み込んで突きを打ってきた。


 しかし……。


(どこを狙ってるんだ?)


 秀一の剣先は突き垂れに向かっていない。井伊から見て右側に逸れている。所詮は初心者だ。力みすぎているのだろう。


(これなら打ち払うまでもない)


 井伊はやや左側に移動しつつ、秀一の面を打つために竹刀を振り上げようとした。


 が、その瞬間に「あっ」と思った。


 秀一が剣先をクイッと上げ、井伊の右小手を狙ってきたからだ。


 バシッ!


 がしらに当たった。


 強いて言えば、変則的な出ばな小手だろう。しかし、体勢が突きであるために腕が伸びきっている。この状態で手首だけ返して打っても一本にはならない。


「浅い!」

 と審判が判定する。


 秀一もそれは承知の上だったのだろう。

 小手を打ってすぐ裏に抜け、井伊の面打ちをブンッと空振りさせた。


 すぐに反転して再び竹刀を振り上げる。


 井伊も意識が途切れていない。

 秀一の面打ちをかわし、右腕一本で胴を斬った。


 どう


 しかし、間合いが詰まりすぎている。

 竹刀の根元を当ててしまう「元打ち」になった。


「浅い!」

 とこれも審判が判定する。


 お互いが一旦引こうとしたため、打ち合いがひとまず止んだ。


 ***


(赤っ恥をかかせやがって)


 と井伊は苛立った。


 ここまで無効と判定された技が二本ずつ。しかし、秀一の出ばな小手は明らかに最初から有効打突を狙っていない技であり、いわばパフォーマンスに過ぎない。


 むしろ井伊の面打ちを誘い、空振らせることが本命の狙いだったのだろう。


(君には失望したよ。真田先輩の弟がこんな見かけ倒しの剣道をするとはね)


 しかし、井伊が序盤、思いのほか苦戦している理由はそれだけではない。面抜き胴が決まらなかったのも、秀一が前に出て間合いを殺したからだ。秀一は井伊の技一つ一つに適切に対処している。井伊が想定しているよりレベルが高い敵なのだ。


 井伊はそのことを認めない。


(僕が押されているように見えるのは、真田君に先手を取らせているからだ)


 と考えた。


 すかさず前に出る。


 井伊の持ち味である速攻!


 プレッシャーを感じた秀一が、先に打つべく竹刀を振り上げようとした。その右小手を井伊の竹刀が襲う。出ばな小手だ。パンッと当たったが、モーションが小さすぎる。浅い。しかし、それは井伊の狙い通りだ。小手を打って跳ね上がった竹刀をさらに上げ、右面(向かって左側)を狙う。


 パンッ!


 秀一はこれをかろうじて竹刀で捌いた。


 しかし、右小手、右面と続いた「裏」からの攻撃に対処しようしたため、井伊から見ると「表」の空間が大きく空いた状態になっている。井伊は素早く竹刀を返して、今度は左面(向かって右側)を狙う。


 バシッ!


 秀一も意識を途切れさせていない。咄嗟に首を傾けてかわす。

 井伊の竹刀は秀一の耳の付け根あたりに当たった。


 三半規管を打たれ、キーンと耳鳴りがする。

 一瞬、集中が途切れた。


 井伊の攻撃はまだ終わらない。

 完全に体勢を崩している秀一の右胴を狙う。


「胴ーッ!」


 長身を屈めつつ、秀一の胴をズバッと斬る。と同時に背後に抜けた。さらに反転して振り向いた秀一の喉を突こうとしたが、その攻撃は命中する前に止めた。


「胴あり!」


 と井伊の一本を宣告する白い旗が揚がったからだ。


 出ばな小手、右面、左面、右胴、突き、という五段階の連続攻撃。


 秀一は竹刀を振り上げたまま踊ったような格好になってしまった。

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