第15話 古狸 VS 策士
話は再び1月の新人戦に戻る――。
三河台高校との準々決勝は、桜坂高校にとって不利な展開になった。
先鋒の森が三河台の1年生・酒井を秒殺したものの、次鋒の大野が二本負け。中堅の赤石は、敵チームのエースである本多と好勝負を演じたが、惜しくも敗れた。
桜坂の1勝2敗。
崖っぷちで副将戦を迎えたのである。
今、桜坂高校の5人のメンバーはコートの外で正座している。
その彼らの耳に、観客たちの囁く声が聞こえてきた。
「副将の真田って初心者らしいぞ。桜坂、終わったな」
「うわ、ダセェ。私立の強豪のくせに都立の進学校に負けるとか」
その声に先鋒の森陽平が正座したまま小声で、
「クソッ」
といきり立つ。
「私立と言ったって、今のうちのメンバーにスポーツ推薦は1人もいないんだぞ」
それを涼介が小声でなだめた。
「そんなこと言っても仕方がねぇ。うちの方が強い選手を集めやすいのは事実だ」
それに、と涼介は思っている。
(ここまでは俺の予想通りでもある)
***
準々決勝のメンバーを決定する際、徳田は桜坂の編成を正確に予想していたが、涼介も三河台の編成を予想していた。といっても、本多と井伊の位置だけだが。
2人はおそらく中堅と副将だろう。
桜坂には中堅・赤石も含めると、勝てるカードが3枚ある。
それに対して、三河台は井伊と本多という2枚だ。その2枚のどちらかを使って、赤石を潰しに来るろう。相手が強いほど燃える本多の性格を考えれば、中堅・本多、副将・井伊という並びになる可能性が高い、と涼介は考えた。
もちろん、井伊でも本多でも実力は秀一より上だ。しかし、涼介は、そういう選手に対して強い秘密兵器として、数ヶ月前から秀一を育成してきたのである。
涼介は自分が名のある剣士であるだけに、井伊や本多のような剣士が秀一のような初心者を相手にするとき、どんな心理になるか分かっている。
間違っても「苦戦している」とは思われたくない。
そういうときに嫌なのは、相手に防御を固められることだ。
少し強引にでもこじ開けようとする。
そこに隙ができる。
できれば井伊がいい。本多には兎を狩るのにも全力を尽くす獅子のようなところがあるが、井伊は違う。中学時代の先輩でもあり、秀一を舐めてかかるだろう。
涼介が授けた戦術にもっとも相性が良いタイプだ。
(見てろ、古狸。一泡吹かせてやる)
と桜坂の策士は思っていた。
***
一方、三河台の古狸は敵を侮ってなどいなかった。
秀一が公式戦未勝利の新人であることは公式記録で確認済みだが、強豪チームのメンバーに選ばれている選手だ。何かあるだろう、と。
しかし、井伊はプライドが高く、自分の評価が本多より低いことを気にしている。その彼に、はるか格下だと思い込んでいる相手について「侮ってはいけない」などと言えば、実力を認めていないかのように伝わり、プライドを傷つけるだろう。
そこで徳田は、老人が若者に人生訓を授けるようなさり気なさで、井伊の胸に手のひらを当て、これだけ伝えた。
「油断大敵ですよ」
敵は君の中にいるのですよ、という思いを込めて。
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作者より
徳川家康の言葉。
「我、志を得ざる時、大胆不敵。この四字を守れり。
我、志を得てのち、油断大敵。この四字を守れり」
「平氏を滅ぼすものは平氏なり。鎌倉を滅ぼすものは鎌倉なり」(自滅の戒め)
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