第14話 大切なことの順番
秋季剣道大会には三河台高校の井伊直哉も出場していた。
ただいま、と帰宅した井伊に母親がねぎらいの言葉をかける。
「お帰り、直哉。大会はどうだった?」
「先週の個人戦では3回戦で強豪校の選手に負けてしまったけど、今日の団体戦ではベスト16まで勝ち上がったよ。秋季大会でのベスト16は創部以来初らしい」
「すごいじゃない」
「しかも、うちのチームは全員1・2年生だからね。次はもっと上に行けるよ」
「まあ頼もしい。直哉は私たちの誇りよ。……書斎で父さんが呼んでるから、行ってらっしゃい。それから夕食にしましょう。今夜は腕によりをかけてつくるから」
***
井伊が書斎に行くと、父はソファに腰掛けて待っていた。
「父さん、ただいま」
「おう、お帰り」
「疲れているだろう。まあ、掛けなさい」
と言って、向かいの席を息子に勧める。
「はい」
父は井伊から大会の話を丁寧に聞き、その結果を母以上に喜び、努力をねぎらった上で、こう言った。
「これで区切りがついたんじゃないか?」
「えっ」
「もう大学受験まで一年半を切っている。そろそろ勉学に力を入れてもいい時期じゃないか」
「はい。でも……」
と反論しようとした井伊を手で制して、父は続けた。
「直哉、父さんは剣道をやるなと言っているわけじゃない。仲間たちとスポーツをするのも素晴らしいことだ。ただ、大切なことの順番を間違えてはいけないよ。直哉にとっていちばん大切なことは何だ? 国立大学の医学部に現役合格することだろう。クラブ活動のためにそれが疎かになっては本末転倒だ」
井伊は三河台高校の中でも成績は良い方だ。定期テストの成績は常に上位100番以内をキープしている。しかし、その程度であることが父には不満だった。
「父さんは医師として選択の大切さをよく分かっている。人間、2つのことに同時に力を入れられるほど、器用にはできていないんだ。大切なものを得るために他の大切なものを捨てなければならないこともある。分かるね」
「はい。分かります」
「よし。じゃあ、母さんがつくった夕食を一緒に食べよう」
***
夕食の後、井伊が自分の部屋に行くと、スマホに新着メッセージが届いていた。剣道部の本多湊からだ。ベッドに長い手足を投げ出して、それを読む。
猛将というあだ名を持つ本多は、現代っ子でありながら、LINEで長いやりとりをすることを好まない。新着メッセージもただ一言だけ、こう書いてあった。
「次はベスト4だ!」
ベスト8を通り越してベスト4、あいつらしいな、と井伊は笑った。しかし、大それた目標だとは思わなかった。湊となら、それも可能なことのように思える。
今の三河台高校剣道部のチームは最高だ。奇跡のように優秀なメンバーが揃ったと言われている。その全員が名将・徳田家重監督の下、稽古に励んできた。インターハイの予選ではともかく、新人戦でなら、ベスト4も夢ではないかも知れない。
だから、父さん……と井伊はスマホを抱きしめて思った。
(僕にもう少しだけ、剣道をやらせてください)
***
そして、翌年1月の新人戦。
三河台高校はベスト4進出を賭け、強豪・桜坂と対戦したのである。
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