第13話 初陣の収穫

 9月、東京都の秋季剣道大会の個人戦で、秀一は公式戦デビューを果たした。


 初戦の相手は「まつ高校のおおみち」という2年の無名選手だ。


 試合前、秀一はトイレに何度も駆け込むほど緊張していたが、ナーバスになっているのは相手も同じだった。大道が仲間の選手に言う。


「うわー、俺、初戦の相手、桜坂だよ」

「強豪だな。桜坂の誰?」


「えーと、1年の真田秀一」


「そんなやついたっけ?」


 ***


 秀一はデビュー戦にしては善戦したが、結局、大道に二本負け。


 帰りの電車の中で、涼介が秀一を慰めていた。


「今日の負けは気にするな。公式戦の経験を積めただけで良しと思え」


「でも、うちで一回戦負けしたのは僕だけじゃないですか。せっかく皆さんが応援してくれていたのに、何も良いところを見せられなくて……」


「まだ剣道を始めて4ヶ月なんだから、負けて当然だ。それに……」


 と言いかけて、涼介は続きを言うべきか迷った。


(俺はお前がもうこんなに強くなってるとは思わなかった)


 ***


 じつは涼介は、中学1年のときに「大道」と対戦している。当時、剣道歴数ヶ月だった涼介は大道に負けた。それも、秀一よりあっさりと。


(それは絶対に言いたくねぇが……)


 大道は決して素質のない剣士ではなかった。その後、彼には剣道より大切なことがたくさんあったのだろう。今も無名剣士に留まっている。しかし、それは周りも成長したからで、あれから4年も稽古しているのだ。その素質あるベテランに剣道歴4ヶ月の秀一が善戦した。上達の早さは驚くべきものがある。


 秀一はおそらく、高校1年の剣士としてはすでに平均的なレベルに達しつつある。今は大道の実力がそれをやや上回っているだけのことだ。


(このままの早さで上達していけば……)


 ということを涼介は秀一に伝えようとしたのだが、少し考えてやめた。この自分に自信がない少年にそれを伝えても、信じないだろう。


 代わりに、こう続けた。


「それに、今日一本も取らずに負けたのは、うちにとって良かったかも知れねぇ」


 素質あるベテランに善戦した、などということは公式の記録には残らない。残るのは、無名選手に二本負けした、という事実だけだ。


 その情報に「剣道の初心者」という情報が加わったとき、これから対戦する相手は秀一を舐めてかかるだろう。しかし、その想定以上には、秀一は強いのである。


「なんで良かったんですか?」

 と聞く秀一の肩を引き寄せ、涼介はニヤリと笑って答えた。


「俺がお前を『桜坂の秘密兵器』に育てようと思ってるからだ!」




———————————————


 作者より


 真田幸村の初陣には2つの説があり、1つは父・昌幸が老獪な戦術で徳川軍を撃退した「第一次上田合戦」。もう1つは豊臣秀吉による「北条征伐」です。だいどうまさしげが守る松井田城を攻めた真田軍に、若き日の幸村がいたと言われています。

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