第6話 剣道を舐めてるでしょ

 秀一が剣道部に入部したのは、高校入学から1ヶ月ほど経ったゴールデンウィーク明けだ。

 その時期になったのには理由がある。


 秀一はすぐ剣道部に入ろうとしたのだが、入学して間もない日の放課後、グラウンドに面する部室を訪れようとしたとき、剣道着を着た女子部員に出くわした。


 2年のそうなえだ。


「あの、すみません。僕、剣道部に入りたいんですが」


「え、あなたが?」

 と香苗は怪訝な顔をした。


 どう見ても、武道をやるようなタイプには見えない。


 香苗は女子部員の中でもっとも気が強く、稽古熱心でもある。1年の浅村咲が団体戦の先鋒に固定されてからは、それに続く次鋒を務めることになる選手だ。


「あなた、剣道やったことあるの?」

「いえ、ありません」


「うちが一応、強豪校と言われているのは知ってる?」

「はい。知ってます」


「これまでに、スポーツの経験は?」

「特には……」


 香苗は、ハァ、と溜息をついて言った。


「あなた、剣道を舐めてるでしょ?」


「いえ、そんな……とんでもない!」

 と秀一が慌てて否定する。


 しかし、香苗はさらに畳みかけた。


「ううん。私には分かる。あなたがうちの剣道部でやっていけるわけがない」


 香苗も剣道を始めたのは遅かった。中学1年のときだ。所属したもり中学の剣道部は都内でも屈指の強豪校で、その中で香苗も何度も挫折を味わっている。それでも、努力を重ね、強豪・桜坂の女子剣道部でもレギュラーを取れる選手になった。


 香苗が秀一に辛く当たったのは、そのチームの価値を落としたくなかったからだ。


「じゃあさ、これから1ヶ月間、毎日8キロのランニングと500本の素振りをこなしてからおいで。それくらいできなきゃ、うちでやっていくのは無理だから」


 一部員に過ぎない香苗にこんなことを命じる権利はない。


 しかし、根が素直な秀一は「はい。そうします」と答えて、これに従った。

 先輩からの助言と受け取ったのである。


 ***


 桜坂高校の外周は800メートルある。10周すると約8キロだ。

 秀一は早朝、昼休み、放課後に分けて、そのランニングを行った。


 当然、剣道部員の目に留まるようになる。


 部員の中でもっとも優しいと言われるとうどうは、秀一を見かけると、

「ファイットーッ」

 と声をかけるようになった。


 有里と相馬香苗は互いを「ユリ」「カナ」と呼び合う親友だ。昼休みに走っている秀一を2人で見かけたとき、有里が香苗に聞いた。


「あの子に走るように言ったの、カナなんでしょ?」

「うん」

「意地悪だなぁ」

「だってムカつくじゃん。あんな初心者がうちの剣道部に入ろうなんて」


「そうかな。私はあの子、強くなりそうな気がする」

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