第5話 兄を超えたい
真田秀一には「修司」という2つ違いの兄がいる。
同じ公立中学に通っていたが、部活はそれぞれ剣道部と歴史研究会だった。
以前、その話を秀一が美羽にしたとき、美羽は「あれ?」と首を傾げた。
「お兄さんが『シュウジ』で弟が『シュウイチ』って、名前が逆じゃない?」
「ああ、それは……」
と秀一が説明する。
「真田家は昔、長男が若くして亡くなることが多くて、家督を継ぐ長男に次男か三男のような名前をつける伝統になったらしいです」
ちなみに、この兄弟での名前の逆転は、真田幸村と兄・
それを聞いた美羽は憤った。
「それってひどくない? 秀ちゃんが早死にしてもいいみたいじゃん」
「いやぁ、そんな風には思ってないと思いますよ。僕も大切に育てられましたから」
***
秀一は、特に母からの過保護とも言える愛情を受けて育った。
高校生になった今も「秀一ちゃん」と呼ばれている。
真田家を継ぐ者は代々、文武両道を期待される。それを父からの期待として一身に背負ったのは兄の修司だ。彼は元々、勉強はよくできた。中学に上がると、父の期待を理解して、剣道部に入部。3年のときには統率力を買われ、主将を務めている。
一方、次男の秀一に対して、父は愛情を持っていないわけではなかったが、期待はしていなかった。それでいて、時々こんなことを言う。
「兄さんを見習いなさい」
「秀一と同じ歳の頃、修司はこのくらいできた」
父からの関心が薄い秀一を、母は自分の思う通りに育てようとした。強さより素直さ、謙虚さ、礼儀正しさを持った、人から愛される子にしたかったのである。
「秀一ちゃん、そんなに頑張らなくていいのよ」
「お父様の期待に応えるのは、お兄ちゃんに任せておきなさい」
母はそんなことをよく言った。
秀一が人当たりの良い、温和な少年に育ったのは、こうした真田家の事情によるところが大きい。しかし、同時に、微妙な劣等感も育っていった。
***
中学3年になり、志望校を決めるとき、秀一は国立大の附属高校を選んだ。
兄が進んだ高校を超える、偏差値76という超進学校だ。
受験の時期が迫っても、模試でD判定が続く。
秀一は毎晩、深夜2時まで勉強した。
「秀一ちゃん、無理をするのはおよしなさい」
「お母さんはあなたが元気でいてくれたら、それでいいのよ」
そう優しく諭す母に、秀一は私立桜坂高校を滑り止めとして受験することを約束して安心させた。桜坂は進学校ではないが、秀一の家から近い。
そして、国立大附属高校の受験当日。
ピー、ギュルルル、ゴロゴロゴロ……
秀一はひどい下痢と腹痛を起こしてトイレから出られなくなり、会場に行くことすらできなかった。プレッシャーに負けたのである。
***
秀一の話を聞いていた美羽は、ふーん、と言って、秀一の顔からメガネを奪った。
「ちょっと、何するんですか」
そのメガネを自分でかけて、中指でクイックイッとフレームを持ち上げて見せる。
「インテリ美羽。似合う?」
「ええ、まあ……」
「秀ちゃんは正直だなぁ。似合わないって顔に書いてあるよ」
そう言って、美羽は秀一の顔にメガネを戻した。
「秀ちゃんって、メガネを取ると意外と男らしい顔になるね」
「そうですか?」
「うん。あたし、分かっちゃった」
「何がですか?」
「秀ちゃんが剣道部に入ったのって、お兄さんを超えたかったからじゃない?」
「どうですかねぇ」
と秀一は応えたが、内心、その通りであるような気もした。
秀一が国立大附属高校という難関に挑み続けたのは男の意地だ。その受験に失敗して、兄との格差が決定的になった今も、秀一はまだ意地を張り続けている。
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