第4話 三河台の古狸
準々決勝に臨む桜坂高校のメンバーはこうなった。
先鋒
次鋒 大野俊介(1年)
中堅
副将 真田秀一(1年)
大将 伊吹涼介(2年)
負傷欠場する後藤のところに秀一が入っている。
先鋒の森陽平は桜坂高校男子剣道部では涼介に次ぐ実力者で、彼の親友でもある。メンバーを決定して提出する前、その陽平が言った。
「なぁ、涼介。次の三河台は、たぶん次鋒から副将までを強い選手で固めてくるぞ。俺か涼介が副将に入っておく方が良くないか?」
三河台の古狸・徳田監督は、相手チームのメンバーを正確に予想し、その弱いところに自チームの勝てる選手を当てていく、驚くべき
次鋒から副将までで3敗してしまったら、大将戦を待つまでもなく桜坂は敗退だ。
陽平の意見を聞いて、涼介は一瞬、心が揺れた。
しかし、すぐに思い直した。
「いや、このままでいい。あの古狸、どういうわけか、相手がどう動こうが、その腹の内を正確に読んでくる。下手に動いても、術中にはまるだけだ」
***
事実、その通りだった。
三河台高校の控え室で、徳田が涼介たちの会話を正確に予想した上で言う。
「……などと、伊吹君あたりが考えた結果、桜坂の編成は3回戦と基本的に同じ、副将の後藤君のところに控えの真田君が入る編成になると考えていいでしょう」
選手たちは、こうした徳田の読みに全幅の信頼を置いている。
「先鋒の森君は都大会ベスト8、大将の伊吹君は関東大会ベスト4の実力者です。この2人と潰し合うのは得策ではありません。うちは次鋒から副将までで3勝を取りに行きます。いいですね」
「はい!」
「先鋒と大将は、それぞれ1年の酒井君、松平君にお願いしましょう。相手ははるか格上です。胸を借りるつもりで、元気よく戦ってきてください」
「はい!」
「次鋒から副将まででもっとも強いのは中堅の赤石君でしょう。彼はまだ1年生ですが、一昨年、中学の都大会でベスト4に入っています。その赤石君との試合は、本多君にお任せします。中堅、
「うっしゃー!」
と一際大きな返事をした後、本多は右腕でガッツボーズをした。
彼は進学校には珍しい熱血漢タイプで「猛将」と呼ばれている。本当は森か伊吹と戦いたかったが、中学剣道で名を馳せた赤石であれば、相手にとって不足はない。
フォッフォッフォッと徳田が巨体を揺らしながら笑い、続ける。
「そして、桜坂の次鋒の大野君、副将の真田君は控え選手です。この2人は水野君と井伊君にお願いしましょう。次鋒、水野学君。副将、
水野は「はい!」と返事をした。
しかし、井伊は不服そうな顔だ。
「どうしましたか? 井伊君」
「先生、副将戦は1年生に任せてもいいのではないでしょうか。その代わり、僕が森君か伊吹君と戦った方が、桜坂を倒せる確率が高まるように思うのですが」
その意見に猛将・本多が口を挟んだ。
「抜け駆けずるいぞ、直哉!」
本多と井伊はお互いを「湊」「直哉」と呼び合う親友だ。実力は本多の方が上だが、井伊も負けていない。本多が熱血漢であるのに対して、井伊はクールで理知的。この「動」と「静」のコンビが、三河台高校をベスト8まで導いてきた。
「まあ聞いてくれよ、湊」
と井伊が本多をたしなめて続ける。
「真田君は僕の出身中学の後輩です。彼のお兄さんである真田修司さんは剣道部の先輩でしたから、秀一君とも面識があります。彼は剣道をやっていなかったはずだし、その経験不足を補う運動神経があるとも思えません。僕が戦わなくても……」
真田ごときに僕を当てるのはもったいない。井伊は暗にそう言っている。
それを聞いて、徳田は、
「フム」
と右手を二重顎の下にやり、しばらく考え込んだ。
それは、井伊の言うことに一理ある、と思ったからではない。
(若いなぁ)
と思ったのだ。
徳田は井伊の心中を冷静に分析する。
(チームの勝利を願う気持ちが4割、相手を侮る気持ちが3割、自分を本多君と同等に評価してほしいという嫉妬が3割といったところかな)
さらに、こう思った。
(井伊君は真田君に痛い目に遭わされるかも知れないね)
相手を侮った剣士が格下に足下をすくわれる光景を、この古狸は何度も見ている。しかし、こうも思った。
(まあ、それも良いでしょう)
かつては強豪剣道部を率いていたこともある徳田も今や
しかし、そう考えたことはおくびにも出さず言った。
「確かに、君の言う通りかも知れないね。だが、桜坂が罠を張ってくる可能性が高いのも副将戦です。ここに森君か伊吹君が出てくるかも知れない。そうなったときに勝てる可能性がある君に副将をお願いしたいのですよ」
そういう理由で井伊を副将に配したのも本当だった。
井伊は引き下がらざるを得ない。
「はい、分かりました」
と返事をした。
内心こう思いながら。
(まあいいさ。僕が真田君に楽勝して、三河台がベスト4に進出だ)
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