第3話 君ごときに何ができる

 桜坂が準々決勝で対戦する三河台高校は、剣道の強豪校ではない。


 偏差値72という都立屈指の進学校だ。


 しかし、高校剣道界の長老で「ふるだぬき」の異名を持つとくいえしげ監督の采配により、団体戦、特に新人戦に強く、毎年ベスト16までは勝ち上がってくる。


 特に今年はほんみなとなおという中学剣道で名を馳せた2人の実力者を擁し、ベスト8を狙えるチームだと言われていた。


 ***


 じつは、秀一と井伊直哉は面識がある。同じ中学出身で、兄である  しゅうが剣道部で井伊の先輩でもあったためだ。


 開会式が始まる前、2人は偶然、通路で顔を合わせていた。


「あ、井伊先輩。お久しぶりです」

 と先に気づいて声をかけたのは秀一だ。


「ああ、君は確か、真田先輩の弟の……」


「はい。秀一です」


「桜坂高校の剣道部に入ったとは聞いていたが、こんなところで出くわすとはね。剣道着を着ているということは、君も選手なのか?」


「一応、控えなんですけど……」


 井伊はプライドが高い。大病院院長の一人息子で、勉強もスポーツもよくできる。おまけに高身長のイケメンで、中学でも高校でもファンクラブが存在している男だ。


 自然、秀一を舐めきっていた。


「控えとはいえ、強豪・桜坂のメンバーに入るなんて立派じゃないか。君が高校から剣道を始めてよほど強くなったのか、桜坂の選手層が薄いのかは知らないが」


(お兄さんならともかく、君ごときに何ができる)


 と思っている。


 それでも、その場では無難な言葉を秀一にかけた。


「まあ、頑張ってくれ。うちと当たることがあったら、お手柔らかに頼むよ」


 その秀一と準々決勝で戦うことになるとは、井伊は夢にも思っていなかった。

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