第2話 桜坂の秘密兵器

 東京都高校新人剣道大会は、例年1月に行われる。1・2年生のみのチームによる団体戦だ。伊吹涼介が2年生の大将として迎えたこの「新人戦」で、シード校である私立桜坂高校は、2回戦、3回戦を順調に突破し、準々決勝に駒を進めていた。


 しかし、3回戦でアクシデントに見舞われた。


「後藤、大丈夫か?」


 この日の副将を務めていた2年のとうまたよしが試合中に相手の選手ともつれて転倒、左足首を痛めたのだ。


 マネージャーの大園美羽が救急箱を持って駆けつける。


「美羽、テーピングしてやってくれ」


 と涼介が指示を出す。


「うん。……でも、涼介クン、こんなに腫れてるの、ただの捻挫じゃないと思う。あたしが下手なことしない方がいいかも」


 後藤は気丈に振る舞おうとしているが、左足首はぼっこりと腫れ上がり、額には脂汗が滲んでいる。それを見た涼介はすぐに判断を変えた。


「美羽、やっぱり後藤を医務室へ。必要なら、病院にも」


「分かった!」


 しかし、肩を貸そうとする美羽を手で制して、後藤が言った。


「いや、ちょっと待ってくれ、涼介。うちはただでさえレギュラー選手を1人欠いてるんだ。俺まで抜けたら、次戦のかわだいにすら負けるぞ」


 桜坂高校は、じつは大会の前夜に次鋒を務めるむらかずなりが盲腸炎を発症して入院。次鋒には控えの1年生、おおしゅんすけが入っていた。大野はここまで全敗している。


 しかし、涼介は判断を変えなかった。


「大丈夫だ。うちには秘密兵器がいる」


 そう言って、後ろで心配そうに見守っている1年生に目をやる。


「え、ぼ、僕ですか?」

 と言って、自分の顔を指さした少年。


   しゅういち、16歳。


 信州・真田家の末裔であり、剣道歴8ヶ月と少しという初心者だ。


「当たり前だ。お前の他に誰がいる」


 新人戦の控えは元々2枠しかない。桜坂の選手で残っているのは秀一だけだ。


「それに……」

 と涼介は秀一の肩に手を置いて言った。


「俺はお前が負けるとは思ってねぇ」

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