第11話 小さなガッツポーズ

 豪太は気づいていない。

 その日の出来事が2人の少女の運命を変えたことに。


 浅村良一はこう思うようになっていた。


「娘が高校生になるとき、OBとしてでも豪太君がいる高校への進学を勧めよう」


 しかし、娘を溺愛するこの父親は、こう思うことも忘れなかった。


「咲が賛成してくれたらの話だが……」


 ***


 藤堂有里は少しずつ変わっていった。


 体が大きいことを恥ずかしいとは思わず、胸を張って歩くようになったのだ。


「うわー、トドにはね飛ばされて粉砕骨折ー!」


 などと男子にからかわれても、有里はニコニコと言い返す。


「気をつけなきゃダメだよ。私は大きくて強いから」

「え。ああ、うん」


 体が大きくて目立ってしまうことは仕方ない。有里が「トド」とからかわれることはなくならなかった。しかし、男子たちは裏でこう言い合うようになっていた。


「トドって、なんか良いよな」

「うん。俺も好き」


 剣道でも気迫を持って前に出る選手になった。


 類い希な体格とりょりょくを持つ有里に自信を持って攻めてこられると、たいていの選手はひるんでしまう。中学に上がる頃には、都内でも屈指の選手になっていた。


 それでも「強い、怖い」と思ってしまう選手と当たることがある。

 そういうとき、有里はこう考える。


(豪太くんを思い出そう)


 ***


 そして「あの日」から6年後――。


 有里は2年前にスポーツ推薦で入学していた天童豪太の後を追いかけるように、私立桜坂高校に入学した(その時点で身長は178センチになっていた)。


 豪太はあの日の少女を覚えていない。

 有里もそれを誰にも話さなかった。


 しかし、女子としては並外れた体格から剛剣を繰り出す有里の剣道は、都内の一部の高校剣士から密かにこうあだ名されるようになる。


「桜坂のおんなてんどう


 それを知ったとき、有里は嬉しかった。


 そして、有里が2年になった年、天才・浅村咲が入学してくる。咲、有里、かたくらおりという、個人でも全国大会で通用するレベルの3人を揃えた桜坂高校の女子剣道部は、関東大会と都大会で連続優勝。東京都代表としてインターハイに出場した。


 桜坂と対戦する全国の強豪チームは、先鋒と大将に固定されている浅村・片倉との勝負を避け、次鋒から副将までにエース級の選手を並べてくることが多かった。


 ところが、そこに桜坂の女天童がいる。


 身長181センチ。しかも、剣道家・藤堂大悟譲りの運動能力と、どんな強い選手と当たっても決して退かない強いハートを持っている。


 ライバルチームの選手たちは驚愕した。


「なんてチームなの……」

「こんな選手が中堅にいるなんて……」


 この年のインターハイ、桜坂高校女子剣道部は、初出場にして準優勝という快挙を成し遂げたが、もっとも脅威だったのは藤堂だ、という声も少なくなかった。


 ***


 有里は文句なく強い。


 それでいて、普段は人一倍謙虚で、穏やかで、優しい。剣道部のイベントで料理を持ち寄る機会などがあると、有里は率先して手の込んだものをつくってくる。


「これ、つくってみたんだけど……」


「わぁ、さすが藤堂さん」

「美味しい」

「見た目も可愛い」


 みんなが美味しそうに食べていると、有里は心の底から嬉しそうな顔をする。


 マネージャーの大園美羽が咲にこう言ったことがある。


「咲は藤堂さんを見習った方がいい」


「何を?」

「女子力」


 ***


 インターハイ終了後、片倉沙織は、自らが引退するに当たって、後任の女子部主将に有里を指名した。実力、部員からの信頼度ともに文句なしの新キャプテンだ。


「男子の主将は今年もまた留年が決まってるバカ犬(豪太)だけど、実質的にはしっかり者の涼介君だから、協力して頑張ってね」


「はい!」


 その日の夜、有里は男子・女子剣道部の主将の名前をノートに書いてみた。


  天童豪太

  藤堂有里


 胸がくすぐったくて、頬が紅くなる。


 あの野獣のような剣士は、生涯、この思いに気づいてはくれないだろう。

 そして、自分もそれを告げることは、きっとできない。


 でもいい、と思った。


 9歳の頃から密かに憧れ続けてきた人とようやく肩を並べられた気がして……。


 有里は「よし!」と小さくガッツポーズをした。




(第三章「大きなトドの小さな恋」 完)

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