第8話 気の大きさで負けるな
再び剣先をカチッと合わせて、二本目。
次の瞬間、良一は、
(ほう)
と思った。
豪太がスッと上段に構えたからだ。
左足を前に出し、竹刀をやや右側に倒して、頭上高くに掲げている。
後に豪太の基本的なスタイルとなる「
観戦者たちには、この構えには2つの合理的な意味があるように思えた。
一つは出ばな小手対策だ。
左上段に構えた剣士の右小手は面よりも奥にあるため、出ばなは打てない。打つとすれば左小手だが、それも剣先から遠いところにあるため、狙いにくい。
もう一つは足払い封じだ。
良一との一本目、
(意外と知能がある)
観戦者たちは、道具を使えるゴリラを発見したときのように感心した。
しかし、豪太はそんなことはまったく考えていなかった。
彼が上段に構えた理由はただ一つ。
(俺の方がでけぇ!)
という気概を全身で表現するためだ。
***
これまで喧嘩や道場破りを繰り返してきた豪太だが、まだ「自分よりもはるかに強い」と感じる敵と出会ったことがなかった。もちろん、剣道の試合で負けたことは何度もあるが、打ちのめされ、倒される、という経験をしたことがなかったのだ。
しかし、今、それを覚悟しなければならない相手と初めて出会った。
良一は、この少年の流儀に応じ、気根が尽きて立ち上がれなくなるまで打ちのめそうと思っている。ただ静かに立っているだけだが、その気迫の凄まじさに、豪太は生まれて初めて、身震いしたくなるような感情が湧き起こるのを感じた。
と同時に、それに打ち克つ気構えを一瞬で自らの内につくり上げた。
(このおっさんは強ぇ。でも……)
と思ったのだ。
(俺の方がでけぇ!)
***
豪太の気構えを見抜いている男が、良一の他にもう一人いた。
剣道家・藤堂大悟だ。彼はかつて、世界剣道選手権に出場する日本代表チームのメンバーとして「技の浅村、力の藤堂」と並び称されていたこともある。
大悟は、傍らに座っている娘の肩をしっかりと抱いて言った。
「有里、豪太君をよく見ておきなさい」
この道場を訪れて以来、豪太はやりたい放題に暴れているように見えるが、実際には常に窮地に立たされている。複数の大人に囲まれ、巨体の剣道家に額を割られ、日本一の剣士に片手面を食らわせたものの、自分の方が大きなダメージを負った。
それでも、この少年は「攻めているのは俺だ!」という姿勢を失っていない。
その根底にあるのは「どんな敵よりも自分の方が大きい」という気構えだろう。それこそまさに、大悟が、この心優しい、しかし臆病な娘に伝えたいことだった。
自分より強い敵と戦うときも、友達にからかわれたときも、
有里の方が大きいんだ。
体だけでなく、人間として。
実際にどうかはともかく、そう信じることの大切さを、大悟は我が娘に教えたかった。戦う相手や置かれている状況より自分が小さいと思ってしまったとき、人は臆病になる。しかし、それを言葉で説明しても、9歳の有里には分からないだろう。
だから、こう言った。
「豪太君を目に焼きつけておきなさい。彼は良いものを持っている」
このときの有里は、父の真意を理解していない。
ただ、こう思っていた。
(豪太くん、かっこいい)
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