第7話 道場破りの流儀

 片手面を打ち終えた豪太は、うずくまって喉を押さえ、ゲェゲェとうめいている。

 当たり前だ。良一が突きつけた剣先に自ら全力で突っ込んだのだから。


(頭がおかしい)


 と観戦者たちは呆れ果てていた。


「あんなものは剣道じゃない。ただの暴力だ」

「とてもうちの子には見せられん」


 と口々に言う。


 しかし、良一は違うことを考えていた。


(これがこの少年の流儀なのだろう)


 21世紀の日本で生まれ育ったはずの少年がなぜそんな流儀を身につけるに至ったかは分からないが……。彼が志しているのは、おそらく近世以前の剣術だ。


 竹刀を使い、防具をつけて一本を奪い合う剣術が誕生したのは江戸後期のこと。それ以前の剣術には、勝敗を決する暗黙の、しかし、明快なルールがあった。


 相手を戦闘不能にする。

 もしくは「参った」と言わせる。


 少なくとも、道場破りはそういうルールで行われ、挑戦者が負ければ、袋だたきにされ、半殺しの目に遭っても文句は言えなかった。スポーツマンシップなどというものは存在しない、「力」が道徳よりもはるかに支配的だった時代の剣道だ。


 この少年が言いたいのは、こういうことだろう。


「最後まで立ってるやつが強いんだ!」


 それに良一は常々、弟子たちに「竹刀は真剣だと思って扱いなさい」と指導している。その考えを突き詰めていけば、豪太の取ったような行動になるだろう。


 真剣で小手を斬られれば、その手は使えなくなるが、即死はしない。喉元に突きつけられたさきをものともせず、死を覚悟で突っ込んでくる敵もいるだろう。剣道の残心を取って一本が成立したつもりになっていた自分に甘さがあったのだ。


 知らず知らずのうちに口元に笑みが浮かんでいる。


(面白い)

 と密かに思った。


 この少年の流儀に応じてやろう、と。


 剣豪・浅村良一。

 彼もまた尋常な男ではない。


 人格者としても知られる良一だが、その精神の根底にあるのは武士道だ。


 ***


 豪太は今、床にひっくり返り、大の字になって天井を見上げている。


 有里が豪太に駆け寄り、顔をのぞき込んで言った。


「もうやめよう。死んじゃう、死んじゃう」


 目からあふれた涙が顔にポタポタとしたたり落ちる。

 しかし、豪太は有里にニッと笑いかけると、言った。


「心配ねぇ。もう治った!」


 体に勢いをつけてぴょんと起き上がり、自分の竹刀を拾う。

 その剣先を良一に突きつけて言った。


「おっさん、まだやれるだろ?」


 筆頭師範に対する度重なる無礼に、弟子たちは頭が沸騰しそうだった。


「なんで、あのガキはあんなに偉そうなんだ!」

「俺の教え子だったら、性根をたたき直してやるのに!」


 しかし、良一は穏やかな態度を崩さずに言う。


「もちろんだ。早く開始線につきなさい」


 自らはすでに開始線につき、静かに二本目を待っている。


(潔い子だ)

 と思っていた。


 豪太が大の字になっていたのは、ダメージの回復をはかるためではない。

 

 豪太は確かに良一を斬ったと思った。しかし、自らも右手首を斬り落とされ、喉を貫かれている。これが真剣による実戦であれば、自分も戦闘不能だろう。


(あとは煮るなり焼くなり好きにしろ)


 という意味だった。


 相手がそれをしてこないと分かったから、豪太は立ち上がったのだ。


 良一はそういう考えを理解している。

 道場破りの流儀に則り、この少年が立てなくなるまで戦おうと思った。

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