第6話 天童豪太 VS 浅村良一

 良一は当然のことながら、この試合では剣道で豪太と勝負しようとしている。


 あくまでも剣道において、彼がもっとも得意とする技の一つは「出ばな小手」だ。

 相手が面を打とうと竹刀を振り上げる、その技の起こりの小手を打つ。


 その動きは迅速、かつ正確無比。

 意識が攻撃に傾いているときに、それを回避することは不可能に近い。


 ならば、先に打たなければいい。


 ところが、そう簡単にはいかないのである。


 間合いを取って様子を見ようとすると、良一はいつの間にか間合いを詰めている。彼が得意とするのは出ばな小手だけではない。剣道のあらゆる技術が一級品だ。


 あと一歩でお互いが面を打てる間合いになる。


 今にも打ってきそうな気配――。


 そうなったとき、同時に攻撃を仕掛けると、必ず良一に打たれてしまう。彼の方が打ち込むスピードが速く、相打ちになったときにかわすのも上手いからだ。


(先に攻撃しなければ)

 と思わされる。


 内心の不安、迷い、恐れ。

 かすかな波立ちさえ見透かすような良一の目。


 それに魅入られたように……


 動いてしまう。


 先に面打ちを仕掛けたようでいて、そうではない。

 良一に動かされているのだ。


 そして、次の瞬間には小手を斬り落とされている。


 ***


 豪太の剣道には基本的に「待つ」という発想がない。開始早々、自分のタイミングで飛び込んで打つ。少年剣士の時代から豪太はそういう剣道を得意としていた。


 ところが、浅村良一を前にした豪太は飛び込むことができなかった。


 獣が自分より強い獣を前にしたとき、襲いかかることをためらうように。


 のみならず、二歩、三歩と引いて間合いを取った。


 その距離を良一がスーッと詰めてくる。成人男子の剣士としては小柄な良一が大きく見える。圧倒的な威圧感だ。あと一歩でお互いが面を打てる間合いになる。


 その瞬間、豪太は足を踏み出し、面を打つために竹刀を振り上げようとした。


 が、せつ


「小手ァーーーッ!」


 良一の竹刀がしなり、豪太の右小手を襲う。


 バシッ!


 さらに良一は、打ち終わった剣先を豪太の喉元に突きつけ、相手の接近を防いだ。これがざんしんと認められて「小手あり一本」となるだろう。


 わずかな無駄もない完璧な出ばな小手だ。


 ところが……。


 それでは終わらなかった。


 豪太が突きつけられた竹刀にそのまま突っ込んだのだ。


 ***


「うぉりゃぁぁぁあああああ!!!」


 れに剣先がめり込む。


 豪太はそれを顎で抑えると、跳ね返りそうになる体を足の踏ん張りで支え、逆に良一の体を押し返した。振り上げた竹刀をしならせる。


 すべては坂口が呆気に取られて一本の宣告を忘れている束の間の出来事だ。


 斬り落とされた右手は使えないという、この少年独自のルールなのだろう。

 つかから右手を離し、左腕一本で竹刀を握っている。


 めんがねの奥の顔がニッと笑う。

 良一はこう言われたように感じた。


(右手はくれてやるよ!)


 ズバーンッ!!!


 良一は咄嗟に首を傾けてかわした。

 しかし、苦痛に強いこの男の顔がわずかながら歪んだ。


 豪太の竹刀が打ったのは良一の肩だ。そこは面に付属するめんとんというクッションで守られている。にもかかわらず、肩が砕けるかと思うほどの一撃だった。


(片手面でこの威力)


 もちろん、面が入っていても一本にはならない。豪太は明らかに良一の「小手あり一本」が成立した後で、間合いを詰めて打ち込んでいる。


 公式の試合であれば、審判の注意が入るかも知れない。


 だが、もしも……と良一は思った。


(これが真剣による実戦であったら)


 豪太は右手首を斬り落とされ、喉を突かれながら、良一の肩に剛剣を見舞った。


(殺されていたのは私の方だったかも知れない)


 良一はこの獣のような少年に恐るべきものを感じた。

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