第5話 現代の剣豪

 浅村良一は、古くは鎌倉時代、源頼朝のにんにまで遡る武家・氏のしょりゅうの一つである浅村家に生まれた。少年剣士の時代から類い希な剣才を発揮し、高校時代には全国高等学校剣道大会での個人二連覇をはじめ、輝かしい成績を収めている。


 しかし、全日本大学剣道選手権での優勝経験はない。

 大学の法学部に入学すると同時に、警察剣道の世界に身を投じたからだ。


 そこで四年間、たちに揉まれた彼は、卒業と同時に警察に奉職する。


 一年目こそ引退を表明していた先輩のために全日本剣道選手権の出場を辞退したものの、二年目に初出場すると、いきなり優勝。翌年も初年と同様の理由で出場を辞退したが、その翌年に出場すると、また優勝。二度目の剣道日本一に輝いた。


 さらに、全国警察剣道選手権でも二度優勝している。


 奉職二年目、四年目には、世界剣道選手権にも日本代表チームの一員として出場。二年目は個人戦で優勝、四年目は団体戦の大将を務め、チームを世界一に導いた。


 その間、59戦無敗。


 あまりの強さに「向こう10年は浅村の時代だろう」と言われていた。


 ところが、国内にも海外にも敵がいなくなった彼は、27歳という若さで突然、全日本選手権からの引退を表明する。さらに30歳のときに警察官も辞職。


 それは、彼の中である疑念が大きくなっていたためだ。


(自分は剣道というスポーツのチャンピオンになった。それはもちろん、価値のあることだが、『剣士として強い』というのは、そういうことだろうか?)


 ***


 現代剣道は、古武道としての剣術をルーツとしながらも、その歴史は1945年に一度途絶えている。GHQが日本人の組織的な戦闘訓練を禁止したためだ。


 1952年、サンフランシスコ講和条約の発効に伴い、剣道が復活するのだが、その内容は「戦闘技術」という側面を削減した、戦前の剣道とは異質なものになっていた。そして、人格形成を目的とするスポーツとして発展していくのである。


 そういう時代に生まれ、剣道家として頂点を極めた男が浅村良一だ。


 無敗記録を更新していた頃の彼は「戦後最強の剣士」とも呼ばれていた。


 しかし、と彼は思ったのだ。


 たとえば、明治時代の剣道界には、新選組の生き残りである斎藤一(藤田五郎)など、真剣による斬り合いや幕末の内戦を経験している猛者が多数いた。その彼らと命を賭けた真剣勝負を行ったとして、自分は渡り合うことができるだろうか?


 あるいは、近世以前の剣豪がそうしていたように、槍やなぎなたなど、刀以外の武器を使う相手と果たし合いを行ったとして、自分は勝つことができるだろうか?


 良一は自らの道場を開き、また、警察剣道の師範として、純粋に剣道界の後進育成に力を入れる傍ら、古流剣術、居合術、そう術、薙刀術など、さまざまな武術の達人を訪ね歩き、教えをうたり、試合を願い出たりするようになった。現代剣道をベースとしながらも、実戦で通用する、新しい剣術を創始しようとしたのである。


 その求道者としての姿勢は、もはや剣道家という領域に留まっていない。


 良一は自らの名がメディアに出ることを嫌ったが、それでも彼の信奉者たちは、敬意を込めて、こう称するようになった。


 現代の剣豪である、と。


 ***


 一方、天童豪太である。


 時代錯誤な少年剣士である彼は、どういうわけか、浅村良一が辿ったような葛藤や思考の遍歴を一切経ずに、物心ついた頃からシンプルにこう思っていた。


「いちばん強い武士になりてぇ!」


 豪太が後に辿り着く剣道のスタイルは良一とはまったく異なるものだ。しかし、現代における「いちばん強い武士」という点において、浅村良一こそ、豪太の目指しているものかも知れない。2人はおそらく、心に刀を抱いて生まれてきた。


 今はそれを竹刀に持ち替えているに過ぎない。


 その2人が開始線の手前で対峙する。


 前に進み、竹刀を抜き合わせつつ蹲踞の姿勢を取り、スッと立ち上がる。


「始め!」


 と坂口が号令をかけ、2人はカチッと剣先を合わせた。

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