第2話 時代錯誤な少年剣士

 道場内にいた誰もがまず目を奪われたのは、少年の特異な風貌だった。


 元の色が白なのかなりなのか分からなくなるほどに薄汚れた剣道着。三尺七寸、いや、八寸だろう。大人用の竹刀を肩に担ぐようにして持っている。髪は何ヶ月も切っていないに違いない。ボサボサに伸びた髪を後ろで無造作に縛っている。


 江戸時代の少年剣士が現代に迷い込んできたような姿だ。


 全員があっに取られていると、少年は聞こえなかったと思ったのか、


「たのもーーう!!!」


 と改めて大きな声で言った。


 ともかく、無視するわけにもいかない。

 入口に近いところで稽古をしていた剣士が少年に歩み寄って言う。


「おい、君。今日は『子ども剣道教室』の日じゃないぞ」


「子ども剣道教室? 俺はそんなものには興味はねぇ!」


「じゃあ、何しに来たんだ?」


 少年は元々張っていた胸をさらに張って、大いばりで言った。


「道場破りだ!」


 全員、唖然とした。

 応対した剣士が苦笑いを浮かべて言う。


「君、ここがどこだか分かってるのか? 警察剣道の道場だぞ」


「そんなことは知らねぇ。この道場でいちばんつえーやつと勝負がしてぇ!」


「いちばん強いやつとって……君、歳はいくつだ?」


「じゅういちだ」


 と言って、少年は竹刀を持っていない方の手でVサインをした。


 なぜ指を2本立てたのか分からない。バカなのだろう。


 春休み中の今11歳ということは、小学5年から6年に上がる直前だ。それにしては体が大きい。少なくとも身長165センチ以上あるだろう。しかも、剣道着からのぞいている肩や腕のたくましさは子どものそれではない。力は強そうだ。


 といっても、今道場内にいる剣道家たちは全員、少年より一回り以上体が大きい。それも、警察機動隊員の中でも「とくれん」と呼ばれる剣道エリートたちだ。


 少年のガタイの良さを恐れる者など一人もいない。

 全員が、その無謀さに呆れかえっている。


「あのねぇ、君。ここにいるのは全員大人、しかも、警察の機動隊員だぞ。君が少年剣道でどれだけ強いのか知らないが、君が勝てる相手は一人もいな……」


 と言いかけ、応対した剣士はハッとした。


「すきあり!」


 と叫んで、少年が飛びかかってきたからだ。

 竹刀を振り上げて面を狙っている。


 応対した剣士はとっに左手で持っていた竹刀で防ごうとした。

 しかし、その竹刀をへし折るほどの勢いで、凄まじい一撃が脳天に見舞われた。


 バシンッ!


 ぐあっ、と呻いて、応対した剣士がその場にうずくまる。


 道場内に戦慄が走った。


 なんという剛剣。

 そして、なんという悪童――。


「このガキ!」

「調子に乗りやがって!」


 それまで春の珍事を呑気に見守っていた剣道家たちが、凶悪犯を包囲するような真剣さで少年を取り囲んだ。全員、手に竹刀を握っている。


 しかし、少年はひるまない。

 竹刀を中段に構え、左右を睨み付けながら言い放った。


「全員まとめてかかって来い。俺が相手になってやる!」


 もう滅茶苦茶だ。


 警察剣道の道場に乗り込み、機動隊を相手に喧嘩を売っている。

 道場破りどころか、下手をすると、これはテロだろう。


 しかし、相手は少年であり、こちらは大人だ。できることなら、手荒な真似はしたくない。その場にいた最年長の剣士が「ふぅ」と一つ深呼吸をしてから質問した。


「君、名は何という?」


 対話により、まずは少年を落ち着かせようとしたのだ。


 少年は「よく聞いてくれた」という顔をして竹刀を肩に戻し、へへんっ、俺は……と鼻の下をこすってから、大いばりで答えた。


「俺ぁ、てんどうごうだ!」

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