第15話 サディスティックな涼介

「てめぇ、調子に乗りやがって!」

 とまだ痛手を負っていない一人が涼介を不意打ちしようとした。


 どこで拾ったのか、手には角材を持ち、それを振り上げている。


 涼介はむかきの要領で、その喉を剣先で突こうとする……と見せかけて、実際には、思わず手で避けようとした男の小手をパーンッと打った。


「ぐあッ!」

 と男が手首を押さえてうずくまる。


 膝裏を打たれた男や祐介もそうだ。うずくまったまま起き上がることができない。

 咲や美羽に打たれたときとは、痛がり方が違っている。


「なんか、こいつに打たれるの、すげー痛ぇ」

「お前、竹刀の中に何か入れてるだろ!」


 と口々に言う。しかし、そうではなかった。


 人体には、そこを打たれると他の箇所より格段に痛い箇所がいくつかある。涼介はそこを的確に狙い撃っている。男子剣道部員の打ちの鋭さで。


「だいいち、何で男のお前まで武器使ってんだ。卑怯だろ!」


 涼介は、その言葉も「竹刀の中に何か入れている」という誤解も否定しない。


「ああ、俺は卑怯だよ。それがどうした?」

 とサディスティックな笑みを浮かべる。


 どう見ても、正義の味方の顔ではない。

 人を痛めつけることが愉快でたまらない、といった悪党のツラだ。


 ***


「お前、伊吹だろ?」


 ようやく痛みから立ち直った祐介が、まだしびれている手首を押さえながら聞いた。


「警察には?」

「通報してあるに決まってんだろ」


「いいのかよ。お前らだって困るんじゃねーのか。剣道部員が竹刀で人殴って」

 

 さっき咲を動揺させた言葉だ。しかし、涼介には通じない。


「正当防衛に決まってんだろ。それに……」

 とまたぎゃくてきな笑みを浮かべる。


「もし警察沙汰になるとしても、俺は退部届を出してから来た。お前ら全員怪我人にしたところで、どうってことねぇ」


 祐介以外の少年たちは、涼介の狂気を恐れはじめた。警察には通報済み。その上で、正当防衛を盾にまだ自分たちを痛めつけようとしている。


(何なんだ、このどS野郎。頭おかしいのか)


 ***


 咲は笑い出しそうになった。


 涼介が冷静に「何をしでかすか分からない男」を演じていると分かったからだ。

 さっきの攻撃も本気ではないだろう。涼介は痛みを感じやすい箇所を打ちながらも、指などの骨折しやすい箇所は避けている。


 涼介は現場に到着して状況を目にしたとき、まず警察に通報しようとした……が、思いとどまった。

 どう見ても、最初に襲われたのは美羽だ。自分たちは正当防衛が認められるだろう。しかし、有名人の咲がいる。どんな話の広がり方をするか分からない。


 涼介はできるだけ穏便にこの場を終わらたいと考えている。そのために、まずはモブたちを脅した。その上で、


「もしくは、深町」

 と祐介を名指しして言う。


「俺とお前で決着をつけねーか。剣道で。大将戦ってやつだ」


「大将戦?」

 と祐介がげんな表情で聞き返す。


「その女が先鋒と次鋒、お前が大将ってわけか」

「そういうことだ」


 フハハハハと祐介は笑い出した。


「伊吹。お前、俺が誰だか分かってるよなぁ?」


「分かってるよ、深町祐介。中1のときに都大会ベスト16、2年でもベスト16、3年のときに暴力事件を起こして、退部させられたやつだろ」


 ***


 涼介は祐介と同学年だ。しかも、中学時代に二度対戦して二度負けている、因縁の相手でもある。その祐介が、最後の夏の大会を目前にして暴力事件を起こし、剣道をやめさせられた話は、今も涼介の記憶に印象深く刻まれている。


 美羽はその事件を知らなかった。


 しかし、涼介の言葉を聞いて、のうに甦ってきた光景がある。


 確か、美羽が中学2年だった年の6月初め、雨上がりの夜だ。忘れ物を取りに体育館に戻ると、顧問の先生と剣道着姿の祐介がいた。先生が有無を言わさぬ表情で何かを告げている。そのとき、祐介の背中は、泣いていた気がする。


「伊吹」

 と祐介は言った。


「お前、中学のとき、俺に手も足も出なかったの忘れたか?」


 祐介は今も、剣道でなら……と思っている。俺は強い、と。

 しかし、涼介はニヤリと笑って言い返した。


「素質だけで剣道やってたお前なんかに、もう一生負けねぇ」


 2人の剣士の間に6月の生暖かい風が吹いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る