第14話 気・剣・体
美羽は竹刀を振るって暴れ回った。
咲のようにはいかない。
何度も蹴られ、引っ張られたブラウスは破れ、地面に倒された。
それでも竹刀を離さない。何度でも立ち上がり、
「うわぁーーー!」
と叫んで向かっていく。
剣道において「
打ちが鋭いわけではない、
(あたしはもうどうなってもいい。咲を助けたい)
美羽はそれだけを考えていた。
***
面を打つ、胴を斬る、小手を叩く。
これは剣道ではないから、面胴小手を狙う必要はない。しかし、竹刀を持った美羽は、無意識的にそこを狙い撃っていた。体が勝手にそう動いている。
(遅い)
と美羽は感じていた。
男たちの動きは、咲や沙織先輩に比べたら、なんて遅いんだろう。
美羽は桜坂高校剣道部に入部してから、自分がどんどん弱くなっている気がしていた。しかし、そうではなかった。
(あたしは強くなっていたんだ)
中学時代、強豪・久科一中の女子剣道部には、美羽と同じくらいの実力を持つ剣士が何人かいた。その中で美羽が団体戦の次鋒に選ばれていたのは、先鋒が勝った場合には、その勢いを次につなげる、負けた場合でも「このチームはめげていない」と思わせる、その次鋒の役割に、美羽の性格が合っていると考えられていたからだ。
次鋒の役割――それは「チームの戦う気持ちをつなげること」だ。
***
斬る、フェイントを入れる、打つ、残心を取る。そして、また斬り込んでいく。
もう何本取ったか分からない。これが日本刀であれば、美羽は
しかし、竹刀は凶器ではない。防具なしで打たれれば痛いが、致命傷を負うことはない。男たちは次第に美羽の攻撃を恐れなくなった。そして、ついに、
「おっと」
と祐介が竹刀を素手で掴んだ。
同時に別の1人が美羽を後ろから羽交い締めにする。
祐介は竹刀をグッと引っ張り、美羽の手から奪った。
今度はそれを捨てない。左手で
もう人なつこい笑顔はない。
目に怒りが満ちている。
「お前、タダで済むとは思ってねーよな?」
それでも、美羽はあきらめない。
「咲の竹刀を返せ!」
と目と声で責め立てる。
祐介は怒りに震え、
「この
と美羽の胴を打とうとした。
……が、それよりも早く、闇の中から放たれた一撃が祐介の小手を襲った。
パーンッ!
「痛ぇッ!」
と祐介が竹刀を落とし、うずくまる。
その脳天にもう一撃、竹刀が鋭く振り下ろされた。
(どうして、ここに……?)
と美羽が再び呆然とする。
祐介を見下ろすように立っているのは涼介だった。
***
咲の強さと美羽の気勢に飲まれていたところに現れた男子剣道部員に、少年たちはたじろぎ、後ずさった。その彼らを中段の構えで威圧しながら、涼介が言う。
「美羽、大丈夫か。責任を感じることねーからな。俺もあの佃煮も巻き込まれたわけじゃねぇ。不利な戦いを挑んでる仲間の応援に来ただけだ」
それから、思い出したように付け加えた。
「いつぞやは済まなかったな。お前の名前を思い出せなくて。悪気はねーんだ。……だが、もう忘れねぇ。お前は大園美羽、俺たちの仲間だ!」
さらに「ちょっと待ってろ」と続けると、涼介はまず咲の元へと駆けた。咲を抑えている男の背後に回り込み、呆気に取られている男の膝裏をバシッと打つ。
痛ぇッと
咲はその隙に脱出するだけでなく、くるりと反転すると、体格の良い男の腕と襟首を掴み、軸足を右脚でスパンッと刈り上げた。
柔道技の
男がぐるんと回転して地面になぎ倒される。
咲はすぐさま駆けて自分の竹刀を拾い上げると、美羽を羽交い締めにしている男の背後に回り込み、涼介と同じようにその膝裏を打つ構えを見せた。
「お、おい、やめろ!」
と男が思わず腕を離して、膝裏を守ろうとする。美羽はその隙に逃れると、涼介を少し気にしながらも、振り返って「えいっ」と股間を蹴り上げた。
「ぐおーっ」
と男が
再び形勢は逆転。
気・剣・体が並び立った。
咲と美羽を従える位置に立つ涼介が、竹刀の剣先を男たちに向けて言う。
「お前ら、タダで済むとは思ってねーよな?」
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