第13話 ヒロイン見参

「痛ぇ……。てめぇ、いきなり何」


 パーンッ!


「俺たちにこんなことしてタダで」


 パーンッ!


「ちょっと待て。話を」


 パンッ、パンッ、パパーンッ!


 動く暇も、しゃべるゆうも与えず、咲が竹刀で打ち据えていく。男たちは咲を捕らえようとしているが、動きが速すぎて、体に触れることすらできない。


 出ばなを制する、圧倒的な反射速度と敏捷性の差。


でんこうせっ


 咲の剣道はそう呼ばれていると聞いたことがある。


 闇を照らす光の中で、夏服に身を包んだ剣士が雷神の如く躍動している。


 ***


 その姿をぼうぜんと見つめながら、少しずつ冷静さを取り戻してきた美羽の中に湧き上がったのは、最初にあんかん、それから疑問だった。


(どうして、咲がここに?)


 すぐに気がつく。


(あたしが教えたからだ……)


 美羽はメモで「桜坂公園、午後6時」の約束を咲に伝えた後、聞かれるままに相手が中学時代の先輩・深町祐介であることも教えた。


 安堵が自責の念に変わる。


(ダメだ、咲にこんなことをさせちゃ……)


 咲は男たちを滅多打ちにしながら、少しずつ美羽から遠ざかっている。

 自分を逃がすためだ、と美羽は分かった。


(あたしのために、大事な大会の前なのに)


 ***


 不良グループにも同じことに気づいた男がいた。


「お前、浅村咲だろ?」

 と祐介が言う。


「いいのか、こんなことして。大会前だろ?」


 咲の動きが止まった。

 その心の隙に付け入るように祐介が続ける。


「出場停止になるぞ。今年が最後の先輩だっているんじゃねーのか?」


 咲が一瞬、沙織の顔を思い浮かべた……その隙に、背後から忍び寄っていた男が咲をガッとめにする。体格が良い、武道経験がありそうな男だ。


 咲はもがいたが、振りほどくことができない。


 ***


「はっはっは。浅村ぁ」

 と祐介が近づき、咲の手から竹刀を奪い取ると、それを放り投げた。


 三尺七寸の竹刀が美羽の足下に転がってくる。


「お前、これから自分がどんな目に遭うか、分かってるよなぁ?」


 と言って、祐介が咲の顎をグッと持ち上げる。

 咲はぜんと抗おうとしているが、どうすることもできない。


 絶望的な状況になった。


 そして、祐介が咲のリボンタイをほどこうと指をかけた、そのとき。


「……触るな……」


 という声が背後から聞こえた。


「ああ?」

 と祐介が振り返る。


「桜坂高校剣道部の宝に触るなって言ってるんだ」


 美羽だった。

 咲の竹刀を中段に構え、祐介を睨み付けている。


 涙と鼻血で顔をぐしゃぐしゃにしたヒロインが腹の底から叫んだ。


「あたしが相手だ!!!」

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