第11話 似たもの同士

 見て良かった、と美羽は思った。


 剣道部に戻りたい、という気持ちになれたからではない。


 咲や沙織先輩が持っている闘争心、勝つということに対する情熱、ひたむきさ。そういうものを自分は持てそうにない、と気づけたからだ。身体能力や剣道センスといったもの以前に、自分にはそういう素質が決定的に欠けている。


 だから、剣道をやめるんだ、と素直に思うことができた。


 2人に気づかれないように一礼すると、美羽は剣道場を後にした。


 教室には朝日が射し込んでいる。まだ誰も来ていない。

 席に着いて、退部届を書いた。


 ***


 桜坂高校剣道部では、女子の退部届も男子の主将に提出することになっている。しかし、主将である天童豪太は留年生で、ほとんどの大会の出場資格がなく、練習にもあまり顔を出さない。そのため、実際には副主将の涼介が管理している。


 昼休み、男子剣道部の部室に行き、一人で漫画を読んでいた涼介に退部届を渡すと、涼介はまず封筒の裏書きで名前を確認した。


「えーと……大園美羽、か」


 あ、やっぱり、まだ覚えてもらえてなかった。

 でも、それももういい。


「読んでいいか?」

「はい」


 涼介は椅子に腰掛け、長い脚を組んで、しばらく退部届に目を通していた。


 読み終わると、それを封筒に戻しつつ、

「やめたいってやつを止める気はねーが」

 と切り出し、こう言った。


「素質だったら、俺もねぇ」


「そんな……」

 と美羽は反論しようとした。


 涼介は中学時代、おお中学剣道部の大将として、団体戦で全国大会に出場している。高校に入ってからさらに腕を上げ、今年は個人での出場も有力視されている。


 その涼介先輩に素質がなかったら、ほとんどの高校剣士は素質がないことになってしまう。そんなはずはない……


 そう言おうとした美羽の言葉をさえぎって、涼介は続けた。


「いや、ない。それは自分でよく分かってる。お前が書いてる通り、闘争心や勝つことに対する情熱も含めての話だ」


 だから、と涼介は言った。


「俺も剣道をやめようと思ったことが何度もあるよ」


「じゃあ、どうして」

 と美羽は言いかけて一瞬ためらった。


 この質問は失礼になるかも知れない。

 でも、聞いた。


「……剣道をやめなかったんですか?」


 涼介は少し考え、中指で頬をポリポリかきながら答えた。


「結局、『好きだから』だろうな。やめようとしても、どうしてもそこに引き戻される。そういうことは、気が済むまで続けるしかねーんだ」


「それに……」

 と言ってから、涼介は照れたように美羽から目をらした。


「俺が俺じゃなくなる気がするんだ、剣道やめちまうと」


 ***


 涼介は、先輩や同学年の部員から「子供っぽい」「中二病」などとよくからかわれている。それはこういう面を指しているのかも知れない。


 でも、今、美羽は涼介の言っていることがよく分かる、と思った。

 いつの間にか頬が赤くなっている。


「俺とお前は……」

「あ、はいっ」


 再び美羽に視線を戻すと、涼介ははにかんだ笑顔で言った。


「似たもの同士かも知れねーな」


 嬉しい。でも、どこがだろう?


「自分の才能のなさを思い知らされる相手がいつも身近にいる。それが俺にとっては天童さんであり、お前にとっては咲なんだろう」


 美羽は今まで、密かに涼介と祐介を重ね合わせようとしていた。

 でも、2人はやっぱり全然違う。

 

「ひとまず、これは預かっとくよ」


 涼介はそう言って、退部届を制服のポケットにしまった。

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