第10話 新旧ヒロインの対決

 翌日の朝早く、美羽は桜坂高校の剣道場に行ってみた。朝練のある日ではない。ただ、誰もいない剣道場で、懐かしい空気を吸いたかったのだ。


 ところが、その剣道場から激しく竹刀のぶつかり合う音が聞こえる。


 パンパン、パパンッ!


 入口からそっとのぞき込んでみると、咲と沙織先輩がいた。


 勝負稽古だろうか。防具をつけてたいしている。もう長時間打ち合った後なのかも知れない。2人とも肩で息をして、かなり疲れているように見える。


 まだ朝の6時台なのに。


 2人とも真剣そのもの。稽古というより、試合のような気合いの入り方だ。


「テアーーーーーーッ!」


 咲が細身の体のどこからそんな声が出るのかと思われる大きな掛け声を出す。それに対して、沙織先輩も、


「シェァッ!」


 短くて鋭い掛け声を返す。


 関東高等学校剣道大会まで、もう時間がない。


 沙織先輩は、団体戦の大将を咲に譲りたがっている、という話を聞いたことがある。実力から言えば、すでに咲の方が上だろう。でも、先輩には3年生としての意地がある。それを咲に打ち砕かせた上で譲ろうとしているのかも知れない。


 最初から試合という形にしてしまうと、たぶん咲は遠慮する。だから、参ったと言わない限り終わらない勝負稽古にして、咲の本気を引き出そうとしている。


「来い、浅村! 私に参ったと言わせてみろ」


 沙織先輩はそう言いたいんだ、と美羽は感じた。


 ***


 めんがねの下の真剣な目が、お互いを見据えている。

 2人の「気」が道場内に満ち、ぶつかり合う。


 咲は、と美羽は初めて思った。


(どんな気持ちで剣道をやってるんだろう?)


 日本中の同世代の剣士たちが、天才・浅村咲を倒そうと腕を磨いている。そのことにプレッシャーを感じることはないのかな。


 沙織先輩は、とも思った。


(どんな気持ちで後輩たちを鍛えているんだろう?)


 沙織先輩は素質に恵まれている剣士とは言えない。体がそれほど大きくないし、咲のようにたぐまれな反射速度とびんしょうせいを持っているわけでもない。


 それでも、全国トップレベルの剣士になるまで自分を鍛え上げ、3年生になった今は、その自分をも超えさせようと、後輩たちを引っ張っている。


 不意に目頭が熱くなる。

 2人とも、と美羽は思った。


(桜坂高校剣道部の宝だ)


 ***


 咲の小手打ちを沙織先輩が抜いて、面を返す。咲が竹刀でさばき、沙織先輩の胴を斬った。しかし、今のは浅い。沙織先輩は引いてかわしている。


「まだまだぁ!」

 と叫んで仕切り直し、再び咲に挑みかかる。


 咲はどちらかと言えば、間合いを長めにとって戦いたがる剣士だ。しかし、今は先輩の気持ちに応えるためか、積極的に打ち合いに応じている。


 パンパン、パパンッ!


 2本の竹刀が舞い、しなり、ぶつかり合う。

 火花が散るような激しい打ち合い。


 それに目を奪われながら、美羽の中に湧いていたのは「私も剣道をやりたい!」という気持ちではなかった。また別の思いだ。


 咲、頑張れ!

 沙織先輩、負けないでください!

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