第7話 捨てる神あれば拾う神

 学校に戻ってからも、剣道部に顔を出す気にはなれなかった。といって、退部届を提出する気にもなれず、美羽は中途半端な日々を過ごしている。


 その後ろめたさから逃れるようにバイトを始めた。


 自宅の最寄り駅近くにあるファーストフード店だ。


「いらっしゃいませー♡」


 と明るい声で挨拶をする。最初は営業用スマイルだったが、笑顔で元気に挨拶しているうちに、心まで明るくなってきた。


(これはあたしの天職だ)

 とさえ思った。


 今まで、自分には剣道しかないと思っていた。その剣道で才能のなさを思い知らされて、自分には存在価値がないと思ってしまっていたけれど……


 こんな世界もあったんだ。


「美羽ちゃんは元剣道部だっけ? いいね、大きな声が出せる子は」


 と店のマネージャーや先輩たちもめてくれる。元剣道部……ということになってしまったけど、まあいいか。剣道以外でヒロインになれる場所を見つけた。バイト代が貯まったら、お母さんに何か買ってあげよう、という夢も膨らむ。


 自信が増すと、魅力も増す。

 美羽は時々、男性客の視線を感じるようになった。


 ひょっとして、あたし、モテてる?


 ***


 しかし、嬉しいことばかりではない。店によくたむろしている不良少年グループ。その1人が美羽をチラチラと見て、仲間たちとヒソヒソ話している。


 ある日とうとう、その1人が美羽に声を掛けてきた。


「あのさ」

「は、はいっ」


「違ったらゴメンだけど、君、しないっちゅうにいた大園さんじゃない?」

「え、そうですけど……」


 胸がドキドキする。


 この人、誰?


「俺、変わっちゃったから、分かんないかな……」


 そう言って少年はキャップを脱ぎ、髪の毛をぐしゃぐしゃとかいて、ブリーチで脱色した前髪を垂らしてみせた。


 眉毛が隠れたその顔に、美羽は見覚えがあった。


「あっ」

「思い出した?」


「深町……先輩?」


 久科第一中学の男子剣道部にいた一個上の先輩だ。名前は確か、ふかまちゆうすけ。練習をサボりがちで、最後の大会を前にやめてしまったけど、素質はずば抜けていて、顧問の先生が「あいつは天才だな」とつぶやいていたのを覚えている。


 坊主かスポーツ刈りが多かった男子剣道部員の中で、当時から前髪を垂らし、その面でも目立っていた。オシャレで格好いい先輩だった気がする。


「ピンポーン、正解♪」


 と言って、祐介は人なつこい笑顔をつくった。


「大園……何だっけ?」

「はい?」

「下の名前」

「あ、ああ、美羽です」


「じゃあ、美羽ちゃん。とりあえず、再会の握手」


 そう言って差し出された右手を美羽は苦笑いしながら握った。


 バカっぽい。そして、チャラい。剣道に打ち込んでいた頃の美羽なら相手にしなかっただろう。しかし、今の美羽はフワフワ舞い上がっている。


 でも……と思ってしまった。


 悪い人ではないのかも。

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