第6話 言わなくても分かってる
その夜、美羽はパジャマ姿のまま1階のリビングに降りると、膝を抱えて床に座った。台所では、母親がエプロン姿で夕食の片付けをしている。
「お母さん」
と美羽はその背中に呼びかけた。
「あら、もう起きて平気なの?」
「うん」
美羽の母親は明るい人だ。剣道を始めてから、勝てば誰よりも喜んでくれ、負けても「よく頑張った♡」と褒めてくれたのが、この母親だった。
後ろめたい。だから、うつむいたまま言う。
「……あたし、剣道やめてもいい?」
食器を洗う手が一瞬止まったのが分かる。きっと、引き留められるだろう、と美羽は思っていた。少なくとも、がっかりはされるだろう、と。
しかし、母親は食器洗いを再開すると、いつもと変わらない明るい声で言った。
「いいわよ」
え、と美羽は思った。
「理由は聞かないの?」
「美羽が言いたいなら聞く。言いたくないなら聞かない」
「じゃあ……言わない」
「それでいいよ。……ただ、美羽。これだけは約束して」
「何?」
「高校はやめないこと。それと、お母さんの手伝いはちゃんとすること」
「はい。分かってます」
「それから、もう一つ」
と言って、母親は振り返り、鼻の頭にしわを寄せてニカッと笑った。
「何があっても、お母さんは美羽の味方だから。そのことを忘れないで」
「お母さん……」
美羽はエプロン姿の背中に抱きついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます