第2話 圧倒的なヒロイン

 剣道部でも早速、公開処刑は行われた。


 入部して半月ほどが経ったある日、先輩たちが見守る中で1年生同士のてい試合が行われたときのこと。

 組み合わせが五十音順で決められたために、美羽の初戦の相手は咲になった。


「何でまたあんたなの!?」


 他の子だったら、良い勝負ができるのに!

 他の子が相手だったら、もっと注目されないのに!


 瞬殺された。


 一本目が開始7秒、二本目が開始5秒で二本負け。

 動こうとした瞬間にもう打たれていた。


「仕方ないよ。相手は浅村さんだもん」

「男子でも勝てる人、あまりいないらしいよ」


 と1年の女子部員たちが慰めてくれたけど、そんなの慰めにはならない。


 ヒロインになりたい、と思っていたけど、なれなくてもよかった。

 でも、今のあたしはモブですらない……。


「天才・浅村咲は、初戦の相手を合計12秒で瞬殺した」


 アニメだったら、そんな感じのナレーションが入って終わりだろう。

 たぶん、名前もつけてもらえない。


 モブですらないあたしが、こんな圧倒的ヒロインと一緒に三年間を過ごさなきゃならないなんて、ただの苦行だ。クソゲーにもほどがある!


 ***


 受難は続く。


 ゴールデンウィーク中、有志による他校との合同練習が行われたときのこと。休憩時間に校舎裏の自動販売機があるスペースに行くと、2年のぶきりょうすけがいた。


 涼介先輩は本当に格好いい。


 高身長のイケメンで、実力もある。さらにとうそつりょくもあるため、剣道部の副主将を任されている。自称どSで、子供っぽくもあるけど、そこもまたギャップがあって良い。品性のかけらもない3年の天童豪太を慕っていることだけは謎だけど。


 美羽は涼介にれていた。


 もし、こんな先輩と付き合えたら、人生逆転だ。モブですらないあたしから主役級イケメンの彼女へとポジションチェンジできる。


 今、涼介先輩はベンチに腰掛け、スポーツドリンクを飲みながら、バッグを開けて何かを探している。


「あ、やべ。タオル持ってくるの忘れた」

 と分かりやすい独り言を言った。


 チャンスが来た!


 美羽は急いで剣道場に戻ると、自分のスポーツバッグを開けた。そこには使っていないフェイスタオルが入っている。予備のを持ってきていたのだ。


「あの、もしよかったら、これ使ってください……」


 そんな感じで可愛らしくタオルを渡せば、好印象間違いなし。ハートを射止めることはできなくても、他の女子部員より一歩リードすることができるだろう。


 ところが、美羽がタオルを持って自販機のあるスペースに戻ると……


「涼介、これ使うか?」

「おお、わりーな。つくだおんな


 また咲だ。

 自分の首に掛けてあったタオルを涼介先輩に貸している。


 何なの、そのナチュラルなあつかましさ!

 普通、自分が使ったタオルを人に貸す? しかも、男子の先輩に!


 咲は涼介先輩のことを「りょーすけ」と呼び、涼介先輩は咲のことを「江戸むらさき」「佃煮女」などと呼んでいる。「あさむらさき」という名前からの連想だろう。どう見ても、彼氏と彼女。あるいは、その寸前といった関係だ。


 タオルを握りしめたまま立ち尽くしている美羽に涼介が気づいて、

「おう」

 と声をかけてきた。


「お前、えーと……誰だっけ?」

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