第二章 モブですらない私の生きる道

第1話 モブにはなりたくない!

 高校に入学するまで、美羽は自分のことをそれなりの剣士だと思っていた。


 おおぞの、15歳。


 中学時代には、区立の強豪として知られるしな第一中学剣道部のレギュラーで、3年のときには団体戦のほうとして活躍、チームの都大会ベスト16入りに貢献した。個人でもブロック予選の2~3回戦を突破するくらいの実力はある。


 そんな美羽が一般入試で私立桜坂高校を受験したのは、


「ここでなら、あたしもレギュラーとして活躍できて、全国大会に出場できそう」


 と思ったからだ。


 たとえば、とうようだいぞくあげ高校やしょうとくぐろ高校といった剣道の名門校に入ってしまったら、自分は完全にモブとしてまいぼつしてしまうだろう。


 その点、桜坂高校は剣道の名門校ではない。近年、にわかに実力をつけて、強豪校の一角として知られるようになったが、部員数がそれほど多くないし、女子で有名な選手といえば、今年3年になるかたくらおりくらいしかいない。


 ここでなら、あたしも団体戦で全国大会に出場できるかも知れない。


 もしかしたら、ヒロインにだって……。


 そんな野望が打ち砕かれたのは、入学前、合格者たちが自主的につくっていたSNSグループで、ある剣士が桜坂高校に入学することを知ったときだ。


 あさむらさき、15歳。


 この学年で剣道をやっている者なら知らない者はいない、超有名人だ。


 剣道日本一の座に二度輝いている剣豪・あさむらりょういちを父に持ち、自身も全国中学校剣道大会を2年のときと3年のときに連覇している。1年のときも準優勝で、その決勝戦で負けた以外、中学時代は一度も負けていない、と言われている。


 しかも、モデルや芸能人としても人気が出そうなルックスを持ち、剣道関連の雑誌でしばしば取り上げられているだけでなく、一般誌やネットでも「美少女剣士」「可愛すぎる天才剣士」などと呼ばれているのを美羽は見たことがある。


 最悪だ。


「何であんたが桜坂なのよ!」


 と叫びたかった。

 もっと剣道の名門校に行けばいいのに。そこでだってヒロイン確定なのに。


 ***


 入学式の当日、美羽はさらに最悪な事実を知ることになる。


「何であんたが同じクラスなのよ!」


 桜坂高校にはスポーツとくたいせいの制度があり、学費が全額免除される。剣道部では3年のてんどうごうと2年のとうどうがこの制度による入学者だ。スポーツ特待生は体育科に振り分けられ、三年間、普通科の生徒と同じクラスになることはない。


 咲は当然、その制度による入学者だろう、と思っていた。


 ところが……。


 入学式後に美羽が指定されたクラスに行くと、彼女がいた。


 咲が一般入試で桜坂高校を受験したのは「勉強もしっかりさせたい」という両親の願いによるものだったが、そんなことを美羽が知るよしもない。


 嫌みだ、これは嫌みだ、と思った。


 さらに不運は続く。


 最初の席順は出席番号で決められたが、浅村咲が1番、大園美羽が2番。窓際の黒板に近い目立つところで、前後の席になってしまった。


「何で『い』『う』『え』がいないのよ!」


 伊藤とか上田とか榎本とか、クラスに1人はいそうなものなのに。


 ***


 担任の教師が来て、クラスごとのオリエンテーションが始まるまでの時間、男子たちが早速、咲を取り巻き、ご機嫌を取ろうとしはじめた。


「ねぇねぇ、浅村さんって剣道強いんでしょ?」

「ネットで見たことあるよ。『可愛すぎる天才剣士』って」

「写真より実物の方が可愛くね?」


 あの、あたしも剣道やってるんですけど。

 そこそこ強いんですけど……とアピールしたい。


 しかし、そんなことを言い出せば、実績で比較されて、墓穴を掘るだけだ。ここは、相手を立てる性格の良い子を演じる方がいい。


「ねぇねぇ。あたしも剣道やってるんだけど、浅村さん、本当に強いんだよー」


 と明るい感じで会話に入ろうとした。


 ところが……。

 男子の一人が冷たい目をして言った。


「あ、ごめん。君に話しかけてないから」


 これには深く傷ついた。


(こんな公開処刑がこれから毎日続くのか……)


 美羽は早くも、学校をやめたくなった。

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