第15話 青い春の始まり

 咲と豪太の勝負から一週間後。


 桜坂高校剣道部は、開校記念日の休みを利用して、やま自然公園にピクニックに来ていた。毎年の恒例行事で、新入部員の歓迎会も兼ねている。


「ねぇねぇ、涼介君」


 みんなでレジャーシートを敷いて、女子部員たちがつくってきた料理を食べているとき、片倉沙織が涼介に言った。


「あの子、何やってんの?」


 一人だけ部員たちの輪から離れて、桜の大木を相手に突きの稽古をしている少女がいる。首のギプスは昨日やっとはずれたばかりだ。


「天童さんを殺すために突きを磨いている……だそうです」

 と涼介は答えた。


「何それ」

 と沙織は笑った。


 他の部員たちも口々にささやき合う。


「あの子、浅村咲だよね?」

「全中二連覇の?」

「そうそう。何であの子だけ剣道着で来たんだろう?」

「分かんない。変わった子だと思ってたけど、ほんと変わってる」

「でも、悪い子ではないのかも」

「うん。バカ犬殺してくれるらしいし、応援しなきゃ」


 バカ犬とは天童豪太のことだ。


 豪太は猛烈に頭が悪く、しばしば自分の名前を「ごう犬」と書いてしまうため、部員たちから陰で「ごうけん」「犬」「バカ犬」などと呼ばれている。


 しかし、その豪太が入部してから、桜坂高校剣道部が急激に強くなったのも事実だった。一人の突き抜けた存在がいることで、タガがはずれたのだ。


 一心不乱に突きの稽古をしている咲を見ながら、

「はぁ」

 と涼介は溜息をついた。


「まーた漫画の世界の住人が増えやがった。どうなってんだ、この剣道部は」


 ***


 沙織が微笑みながら、咲を呼ぶ。

「浅村さーん。あなたもこっちに来て、みんなとお弁当を食べましょうよぉ」


「あ、はい……」


 照れながらも、咲が竹刀を収め、部員たちの輪に近づいてくる。

 近くにいた二人が席を空け、咲はそこに座った。


「さ、まずは自己紹介」


「あ、あの……。ボ、ボクは八雲中学出身の浅村咲です。皆さん、よ、よろしくお願いします」


「よろしくー!」


 とみんなが言って、拍手が起こった。

 咲は真っ赤になっている。


 その咲をからかうように、涼介が言った。

「なんだお前、敬語使えるんじゃねーか」


「涼介は黙っていろ」


「ちょ、なんで俺にだけタメ口? そして呼び捨て?」


 二人のやりとりをみて、またみんなが笑う。


 桜の大木から、残り少なくなった花びらが散り、風に舞う。

 枝の隙間から見える春の空が、どこまでも青い。


 浅村咲の、桜坂高校剣道部での青春が始まった!




(第一章「美少女剣士と野獣」 完)

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