第12話 死体は反撃してこない

 剣道においては、面胴小手という決められた箇所を打つ。


 しかし、打って終わりではない。相手はたちではないから、攻撃をかわされたり、打ちが浅かったりすれば、反撃してくる。それに瞬時に対応できるように、打ち終わった後も心身ともに準備をしていなければならない。


 このことを「ざんしん」と言う。剣道では「充実した気勢」と「適正な打突」、そして、この残心が揃っていて、初めて一本が認められる。


 豪太はこの残心というものを理解していない。いや、一応は理解しているが、それが重要であると思っていない。


 その理屈はこうだ。


「死体は反撃してこねぇ」


 最初の一撃で相手をぶった斬る。

 次の瞬間、そこに転がっているのは、ただの死体だ。死体は反撃してこない。


 剣道における基本的なセオリー、涼介が説く駆け引きやフェイントの重要性などを豪太はすべて、

「ぬるい」

 と思っていた。


 斬られる前に斬る。そのために一撃必殺の剣を磨く。

 それが豪太の剣道だった。


 ***


 少年剣士の時代から、元々そういう指向を持っていた豪太にとって「げんりゅう」との出会いは目を見開かされる思いだった。


 示現流は、薩摩藩に伝わる古流剣術だ。

 開祖は江戸初期の剣豪、とうごうちゅうであるとされる。その教えは、


「一の太刀を疑わず」

「二の太刀はらず」


 ということを特徴とする。


 つまり、先手必勝。二の太刀は考えず、最初の一撃に全神経を集中させて「髪の毛一本分でも相手より早く剣を振り下ろせ」という、れつな剣術だ。


 その達人によるざんげきを受けた者は、文字通りの意味で一刀両断にされたという。たとえば、脳天に剣を受けると、腹まで真っ二つに切り裂かれた死体になる。


 幕末、新選組ですらこの剣術を恐れ、

「示現流の使い手とは一対一で戦うな」

 と隊士たちに訓示していた。


 その使い手がこつぜんと現代に現れたのが、この男だ。


 ***


 豪太は独学で示現流を学び、その稽古を自らの稽古に取り入れた。


 あかがしの木を削って、長さ四尺五寸(約135センチ)、重さ2キロもある木刀をつくり、それで1日5千回素振りすることを日課とした。


 さらに、枯れ木や地面に突き立てた丸太を「チェェーーイィッ!」という奇声を発しながら全力で打ちまくる。立木からは煙が生じ、最終的にはボロボロになる。


 街中でその稽古を行えば、通報されたり、苦情が来たりする。

 豪太は一年の4分の1は山にもって修行するようになった。


 試合では、何人もの不運な剣士を病院送りにしている。


 当然、涼介以外の剣士からは忌み嫌われ、「バケモノ」「人外」「バカ」「クソ野郎」「関わったら負けな奴」などと呼ばれ、勝負を避けられている。


 豪太は実戦に飢えていた。


 その飢えた野獣に、浅村咲は真剣勝負を挑んでしまったのだ。


―――――――――――――――


 作者注


 示現流といえば「トンボ」と呼ばれる独特な構えも特徴の1つですが、現代剣道でそれをするのは違和感があるので、豪太は普通に「火の位」である上段(状況によっては中段)に構える設定にしています。また、本編である『チェスト!幕末坂高校剣道部』では、豪太の示現流 VS 薬丸示現流といった対決も予定しています。

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