第11話 天童豪太との出会い

 涼介との約束が果たされたのは、桜が満開の時期を過ぎ、葉桜になろうとしている頃だった。

 今にも雨が降り出しそうな天気だ。葉桜の緑がどんてんの白に溶けている。


 指定された朝6時に剣道場に行くと、入口のドアが開いていた。

 すでに人影がある。


 大柄な男が竹刀を振っている。いや、竹刀ではない。木刀だ。しかも、物干し竿のように長い。一体、どれほどの重さがあるのか。キロ単位であることは確かだろう。それを子供用の竹刀のように軽々と振っている。


 ヴォン、ヴォン……


 と轟音を響かせ、道場内の空気を切り裂いている。

 その風が咲のところまで届きそうだ。


 傍らに目をやると、涼介もいる。審判を務めるという約束だったのだ。

 二人とも剣道着姿だが、防具はまだ着けていない。


 ***


 咲は道場内に足を踏み入れると、静かに一礼。

 その気配に気づいて、大柄な男が木刀を振るう手を止め、言った。


「よう、君が桃屋二中の江戸むらさきか。俺に乳揉んでほしいらしいな」


「天童さん、何一つ合ってねぇ。八雲中学出身の浅村咲だ。全中を二連覇してる。天童さんに一丁揉んでほしい、つまり、稽古をつけてほしいんだと」


 その涼介の説明に対して、咲が「違う」と言った。

「ボクは稽古をつけてもらいに来たんじゃない。君と真剣勝負をしに来たんだ」


「真剣勝負……?」


 大柄な男の目つきが変わった。


「俺は真剣勝負ってぇのは殺し合いのことだと思ってるが、それでいいんだな?」

「かまわない」


 二人の視線がぶつかり合い、火花が散る。

 不穏な空気を察した涼介が割って入った。


「真剣勝負でもいいが、殺し合いはダメだ。それから、さっきも言ったように、突きはなし。体当たりや鍔迫り合いから押し飛ばすのもなし。それで先に一本取った方が勝ちだ」


「それのどこが真剣勝負なんだ?」


「あんた、留年して今年19になるおっさんだろ。相手はつい最近まで中学生だった女子だぞ。全部ありのルールでやったら、どんな怪我をさせるか分からねぇ」


「まあ、それでもいいけどよ、涼介。俺は相手が中学生だろうと、女だろうと、容赦はしねぇ。相手は刀を持って自分の前に立ってるんだ。斬らなきゃ斬られる。剣道ってのは、そういうもんだ」


「ぜひ、そうしてもらいたい」

 と咲がぜんと言った。


「ボクも君を斬るつもりでやるから」


「ほう。面白ぇじゃねーか」


 雷鳴が轟き、雨が降りはじめた。

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