第9話 不意の弾丸
体格とパワーに優る涼介の重圧を受け止めながら、咲は少しずつ鍔の位置を下げて、涼介の手元を下へ下へと誘導していた。
その意図が涼介には分かっている。
咲が警戒しているのは
この引き技を使うとき、手元が下がりすぎていると、一旦大きく上げなければならず、技の仕掛けが遅れる。その隙に脱出するつもりだろう。
ギギ、ギギ……
涼介が上背を生かして咲に覆い被さるように重圧をかける。
咲の白い肌がますます紅く染まる。
腕は相当しびれているはずだ。
咲が元々引いている左足をさらに大きく引いた。剣道では、左足のかかとが床に着いてしまうと、動きが制約される。それを避けるためだろう。しかし、左足を大きく引いたことで、体重はますます後ろにかかりやすくなる。
(ここだ……!)
と涼介は思った。竹刀を押す力をグッと強める。
咲がのけぞるような体勢になったのを確認した瞬間、涼介は左足でタッと後ろに跳んだ。
引きながら、目では咲の小手を見ている。これはフェイントではなく、実際にパンッと打つ。手元が下がっていた分、打ちが浅くなった。しかし、それでいい。小手を打った反動で跳ね上がった竹刀をさらに上げ、咲の面を狙う。
引き小手、面という連続攻撃だ。
万全の状態の咲であれば、こんな攻撃は簡単にかわすだろう。しかし、腕をしびれさせ、体勢も崩させている今なら……と涼介は思っていた。しかし、
(もらった!)
と思った瞬間だった。
涼介は何か弾丸のようなもので撃たれた……と感じた。
体が後ろに倒れていく。
(何が起こった……!?)
視界に咲を捉えた。
竹刀を大きく前に突き出している。
左腕一本による片手突き。
涼介が後ろに跳んだ瞬間、咲は脱出するのではなく、反撃に出ていた。大きく下げてあった左足を前に踏み出し、その勢いを利用して上体を起こすのと同時に、左腕を伸ばし、最短距離で涼介の喉を突いた。電光石火の
後ろに引こうとしていた涼介は突き倒された。
ドンッと床に倒れる。
***
中学剣道では突きは禁じられている。つい1ヶ月ほど前まで中学生だった咲が、これほど鋭い片手突きを打ってくることを涼介は想定していなかった。
「この技があると分かっていりゃあ、こう易々とは打たれなかった」
……なんていうのは言い訳だな、と涼介は思った。
豪太の声が聞こえる気がする。
お前は剣道が殺し合いだと分かってねぇから、こういう負け方をするんだ。
その声に涼介は反論する。
違うよ、天童さん。俺が弱かったから負けた。それだけのことだ。
床に倒れて、天井を見上げている涼介の顔を咲が覗き込む。
手を差しのべて、助け起こそうとしている。
その咲に涼介は言った。
「突きあり。お前の勝ちだ」
(この男はやはりフェアだ)
と咲は思った。
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