第8話 鍔迫り合い

 一本目を終えて開始線に戻るとき、涼介が言った。


「おい、佃煮女。お前が休みたきゃ、休憩を挟んでやってもいいぞ」


 元々が男子と女子というハンディキャップマッチだ。それくらいの気遣いはあってもいいだろうと涼介は思っていた。しかし、咲は、


「余計なことだ。早く二本目を始めよう」

 とぶっきらぼうに言うと、淡々と開始線に着いた。


「ったく、可愛げのねぇ女だ。モテねーぞ」

 と言いながら、涼介も開始線に着く。


 お互いの準備が整ったのを確認してから、


「二本目ッ」


 と涼介が号令をかけ、二人は再び剣先を合わせた。


 ***


 開始早々、涼介は「おっ」と思った。

 咲が中段に構えたからだ。


 これが本来の構えなのだろう。上段よりも自然体に見える。


 涼介も中段に構えているから、自然と剣が重なる。カチッカチッと竹刀のものち(なかゆいから剣先までの実際に打突する部分)が当たる。咲の竹刀が下になりがちなのを時々上に持ってこようとする。涼介がその竹刀をはじく。


 咲が足を使いはじめた。


 スーッと時計回りに動いている。さすがに体さばきに無駄がない。足の運びがなめらかで静かだ。剣先は常に涼介の体の左右中心であるせいちゅうせんに向けられている。


 しかし、そのわりには、攻め気が見えない。

 いつ打ってくるか分からない、という怖さがないのだ。


「この女、やっぱり疲れてやがるな」

 と涼介は思った。


 咲の竹刀は涼介のものより一寸短い三尺七寸(約114センチ)。しかし、それをあれほどの速さで扱い、涼介の倍以上動いている。疲れないわけがない。


 さっき休ませてやろうとしたのを断ったのは咲自身だ。


「ならば、もっと疲れさせてやる」


 涼介は仕掛けにいった。


 咲の竹刀を強めにパンッと打ち払い、面を打つぞ、と見せかける。竹刀をはじかれているから、咲は出ばなを打てない。サッと後ろに下がって、竹刀を上げる。その結果空いた胴を涼介が狙う。今度は咲がその出ばなを狙ってくる。ここまでは計算済みだ。

 涼介はタンッと前に跳んで間合いを詰め、咲の竹刀を竹刀で受けると、弧を描くようにしてすり上げた。


 すり上げ面、と判断したのだろう。咲もタッと前に出て、さらに間合いを詰め、涼介が竹刀を振るえる余地をなくそうとする。


 結果的に、竹刀のつばもとをくっつけて相手を押し合う、つばいになった。この状態に持っていくことが、涼介の狙いだった。


 ギギ、ギギ……と竹刀がきしむ。


 間近で見ると、面金の下で咲の白い肌がこうちょうし、わずかながら、呼吸も荒くなっている。

 涼介はこのまま押し飛ばしてしまいたい衝動に駆られた。咲がよろめいたところを打てば、あっさり一本が決まるかも知れない。

 しかし、体当たりを禁じているこの試合で、それはしたくない。


 まずは腕の力を奪う。それから……。


 ***


 一方、咲はこの勝負の中で、涼介の性格について、あることを掴んでいた。


「この男はフェアで、いさぎよい」


 口では乱暴なことを言っているが、常に相手と公平であろうとしている。剣を交えていると、それが分かる。


 体当たりを禁止しているからと言って、間合いを詰めた結果として体当たりになることや、鍔迫り合いから押し飛ばすことまで禁止しているわけではないだろう。にもかかわらず、涼介はそれらを避けようとしている。

 今、こうして体力を奪いに来ているが、さっきは休ませようとした。


 条件をできるだけ五分五分にしておきたいのだろう。


 しかし、その五分五分というのは、涼介が勝手に思っている公平さであって、じつは五分五分になっていない。


 たとえば、涼介は高校剣道では基本の一つであるはずの技をまったく使っていない。中学剣道では禁じられているその技を咲が使えないと思い、ならば自分も……と勝手に封じているのだろう。


 咲はその技を父から仕込まれ、得意技の一つとしている。

 そのことを涼介は知らない。


 咲は今、その技を決めるために殺気を消している……。

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