第7話 花を刈る
涼介は、咲の攻撃を捌いているとき、密かに考えていた。
「この女は確かに強ぇ。だが、何か引っかかる……」
たとえば、さっきの片手面だ。あの技はやけに軽かった。意表を突かれたのは確かだが、もしかわしきれなくても、審判は「浅い!」と判定したのではないか。
まだ15歳の少女が打つ片手面だ。軽くて当然かも知れない。しかし、咲が繰り出すその他の打突は、速いだけでなく、打ちの強さも十分なものを持っている。
かわされた後の守りに意識が向きすぎ、打ちが甘くなったのか?
いや、そうじゃねぇ……と涼介は思った。
最初から、咲はあの技を本気では打っていない。見せただけだ。
だから、攻撃後に体勢を立て直すのがあれほどまでに早かった。
何のためにリスクを冒してそんなことをしたのか?
決まっている。
涼介に面を意識させるためだろう。
「確かめてやる……」
***
涼介はあえて咲の猛攻を許した。
パンッパンッ、パパンッ……
二人の他に誰もいない道場に竹刀が激しくぶつかり合う音が響く。
修練を積んだ剣士同士が戦う場合、相手が守ろうとしている箇所をいくら攻めても一本は決まらない。そこを攻めれば攻めるほど、相手はその守りを堅くする。
しかし、それは逆に言えば、その箇所以外を守る意識が「
たとえば、面を守ろうとすればするほど、胴や小手は虚ろになる。
その「虚ろを突く」というのが剣道の基本だ。
咲は涼介の意識を面へ面へと向けさせようとしている。本当に打ちたいのは小手だろう。涼介は、咲の考えていることが手に取るように分かってきた。
「正直な女なんだろな」
と涼介は思う。
しかし、そう思っていることはかすかにも見せない。
追い詰められ、焦っている男を演じている。
咲は天才的な才能を持っている。将来、間違いなく、とてつもない剣士になるだろう。しかし、今なら涼介の方が圧倒的に
それは、敵を
涼介は「嘘を本当に見せること」に全身全霊を傾ける。
フェイント一つ取っても、その技に至る試合展開、一瞬の気魄、体さばき、目の動き、足を踏み出す角度、床をドンッと鳴らす音、竹刀を上げるタイミング……すべてを実際に技を仕掛けるときと同じように見せかける。
というよりも、頭の半分では実際にその技を仕掛けようとしているのだ。それでいて、頭のもう半分では冷静にブレーキをかけている。
それが、咲に幻を見せた。
***
反射速度と敏捷性を武器とする剣士にとって、出ばな技は「花」だろう。涼介は咲が出ばな小手にプライドを持っていることを事前のチェックで掴んでいる。
「刈ってやるよ、その花を」
涼介は遠間から飛び込み面を仕掛ける……フリをした。
それに反応した咲が出ばなを打とうと動き出す。
電光石火の早業で、片手小手を繰り出してくる。
しかし、その竹刀が振り下ろされる先に涼介の小手はない。
涼介の竹刀が咲の竹刀の下をくぐる。円を描くように、柄を握る右手を返しながら、咲の竹刀を打ち落とし、続けざまに面を狙う。
パパンッ。小手打ち落とし面。
(面ありッ!)
審判がいれば、迷わず一本を宣言しただろう。
涼介の完璧な一撃が決まった。
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