第5話 浅村咲 VS 伊吹涼介

 涼介はいきなり驚かされた。


 咲が上段に構えたからだ。上段からは相手の小手が遠い。咲が得意とする出ばな小手を決めにくい構えだ。涼介は中段に構えている。


「テァーーーーーーーーッ」


 咲の掛け声は、きゃしゃに見える体のどこからそんな声が出るのかと思われるほどに大きかった。涼介も、それに負けないように腹から声を出す。


「ウリャァーーーーーーッ」


 ジリジリと涼介が押している。というより、咲が時計回りに回り込みながら、少しずつ後退しているのを涼介が追っている。


 それも涼介は意外だった。


 涼介は身長178センチ。咲は167センチ。射程距離がかなり違う。とおからの攻撃は涼介の有利になるから、咲は間合いを詰めてくるだろうと予想していた。ところが、逆に間合いを取ろうとしている。

 体当たりを禁止しているこの試合で、それを警戒する意味はない。


 要するに……と涼介は考えた。


 咲は自分の出ばな小手が警戒されるのを見越して、それを封印しているのだ。その上で、胴ががら空きになる上段に構え、相手の仕掛けを誘っている。相手が飛び込んできて、自分の間合いに入ったら、何かおうわざを決めるつもりだろう。


(ガキの発想だな……)


 と涼介は思った。しかし、その手に乗ってやることにした。


 思い通りの展開にしてやり、その上で圧倒的な技量の差を見せつけて勝つ。そうでなければ、この腹立たしい試合に勝った気にはなれないだろうと思った。


 咲のせいがわずかにゆるんだように見えた瞬間、涼介は仕掛けた。

 胴ではなく、小手を狙った。


(もらった!)


 と涼介が思った瞬間だった。


 咲の竹刀が魔法の剣のようにグン……と伸びてきたと涼介は感じた。

 つかから右手を離し、左手一本で竹刀を握っている。


「面ーーッ!」


 片手面打ち。予想外の攻撃だった。涼介は咲の小手を狙って始動してしまっている。引いてかわすことはできない。

 コンマ数秒後、咲の剣先はすでに涼介の眼前に迫っていた。とっさに首を左側に倒す。その耳にかすりながら、咲の竹刀は涼介の右肩をバシンッと叩いた。


 これが日本刀であったなら……涼介は右肩を負傷し、戦闘力を減じられていたかも知れない。しかし、剣道ではこれは有効打にならない。試合は継続している。


 普通、片手面をかわされた後、体勢を立て直すのには時間がかかる。ところが、咲はいつの間にか竹刀を諸手に握り直し、次の攻撃に移ろうとしている。涼介がきょを突かれていたとはいえ、そこまでの動作が信じられないほど早い。


 小手を斬られる……と感じて、涼介は右後ろに退いた。引きつつ、逆に咲の面を狙った。

「面ーーーッ!」

 今度は咲が首を倒して、その攻撃を紙一重でかわす。

 涼介は間髪入れずに攻めた。

「小手ァーー!」

 鋭く、小さく竹刀を振るう。

 しかし、咲はその攻撃をひらりとかわすのと同時に、再び面を打ち込んできた。涼介はそれを竹刀で受けた。そこから咲の猛攻が続く。


「面ッ、面ッ、胴ッ、小手ァーー!」


 充実した気勢とともに、鋭い打突を繰り出してくる。

 涼介はその攻撃をかろうじてさばきながら、内心、驚愕していた。


(この女、とんでもなく速い……!)

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