第4話 可憐な花

 涼介が目を開けると、対面の境界線の外に咲が正座していた。涼介と同じく、すでに垂れと胴を身につけ、面と小手、それに竹刀を傍らに置いて黙想している。

 

 その姿に涼介は一瞬、心を奪われそうになった。


 こつな剣道場に咲くれんな花だ。


 ブレザー姿の咲も美しかったが、白い剣道着に身を包んでいる彼女は、女としての美と剣士としての美が一体となって、りんとした気を放っているように見える。


 所作が恐ろしく静かなのだろう。そして、気を練っている相手の邪魔をしないようにと配慮したのかも知れない。涼介は咲が来ていたことに気づかなかった。


 しかし、気づいてはいたが、気にも留めなかった、というていを装って言った。


「遅かったじゃねぇか。ビビッたのか?」


 時計は見ていないが、おそらく、まだ約束の夜8時にはなっていない。しかし、相手の気を乱すために先手を打ったのだ。

 これは普通の試合ではない。剣道部でいちばん強い相手と戦いたい、というのは道場破りと変わらない。そういう相手にはハッタリも大事だ。


 しかし、咲はそれを無視して、目を開けると、

「始めるか」

 と静かに言った。


 感情が読めない。あるいは、これが無心である、ということかも知れなかった。

 涼介は「ああ」と短く返事をすると、面と小手をつけ始めた。それを見て、咲も面をかぶり、小手をつける。


「始めの号令だけは俺がかける。だが安心しろ。不意打ちのような真似はしねぇ」

「分かった」


 二人は境界線を越えて、数歩前に歩み出ると、同時に礼をした。

 審判はいないが、二人の頭の中で「礼!」の声が聞こえている。


 さらに数歩前に進み、開始線の手前に着く。竹刀を抜き合わせつつ、そんきょの姿勢を取る。二人とも重心がブレない。それだけでも下手な剣士でないことは分かる。


 息をむ。静かな数秒が経過する。


「始め!」


 と涼介が号令をかけ、二人はスッと立ち上がり、剣先を合わせた。

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