名前が呪いの鍵。
「名前を呼んでもらえれば、お前の呪いは解けるよ。」
呪いをかけられた時にそう告げられた。魔女はわかっていたんだ。私の名前が呼ばれることがないことを。だからそんな意地悪な呪いをかけたんだ。きっと、そうだ。
「なぁ、お前はいつからそこにいるんだ?」
「……。」
いつからだと思う?
そう問いかけてみたくなったけど、声は出さない。声は出せない。出るけど、伝わらない。
「ずっといますって顔だな。でも俺、お前のこと初めて見たんだけど。」
「……。」
ずっとはいないわよ。何日か前からよ。本当に表情を読み取るのが下手ね。昔から変わらない。かわいいところ。いつになったら上手く表情が読み取れるようになるのかしらね。
「……最近さ、何か忘れてる気がするんだよな。何か、大事なこと。」
「……。」
それはなんだろうね?私のことかな?なんて、自惚れてもいいかしら。まぁ、忘れるように魔法かけられてるらしいから、私のことなわけない。あーあ、淋しいな。
「やべ、暗くなってきたな。俺もう帰るわ。また明日な。」
「……みゃーお。」
「!!!!……バイバイ!!」
思わず返事をしてしまった。本当は良くないのに。これくらいなら大丈夫かなとか。甘かったかな。
「……なんて鳴いたの?」
「……またね」
「それならまぁ、……よしとしようかね。」
「優しいのね。」
「まぁね。」
呪いをかけたくせに。なんでこんな呪いかけたのよ。
「……羨ましかったから。」
「え?」
「私も、昔は普通の人間だった。でもある日ね、あなたと同じように呪いをかけられた。同じ呪い。名前を呼んでもらわないと、解けない呪い。すぐに解けると思ってた。でも……。あの人は名前を呼んでくれなかった。私のことなんて、すぐに忘れて、思い出すこともなかった。そして、長い年月が経ち、呪いをかけた魔女から魔力と、この呪いを受け継いだ。だから私も後継者を探してるの。でもね……、やっぱりそんな悲しいことを続けていくのは良くないと思うの。だから……。」
そんな悲しい物語があったなんて知らなかった。いや、知ろうとしなかった。ずっと魔女は悪い人だと思ってたのに。
「でももう大丈夫だから。君なら気づいてもらえるから。」
そう言って魔女は消えていった。悲しそうな表情で。
次の日は休日だった。あいつは朝からやってきた。今日は一日オフらしい。
「おはよ。元気してたか?やっぱこの時期はさみいな。」
「……。」
私は相変わらず声を出せない。思わず人間の言葉が出そうだから。
「ほれ。今日はツナ缶持ってきたぞ。」
「……。」
すごいよね呪いって。味覚まで変わっちゃうんだもん。ツナ缶にマヨネーズとかなくても美味しい。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ
「ふっ……、可愛いなお前。」
そりゃそうよ。かわいいよ。可愛く見えるように努力してんだから。まぁ、意味無いかもだけどね。
「……千夏?」
「え?」
パァァァァァッ
今、名前呼んでくれた?思い出してくれた?
「良かったね千夏。思い出してもらえて。」
「うん、よかった。」
「きっとあなたは幸せになれるよ。大丈夫。」
「ありがとう。ねぇ、あなたの名前は?」
「……千夏。」
「え?」
「私も、千夏なの。うふふ、私の呪いも解けたみたい。ありがとう千夏。さよなら。」
✿✿✿✿
「千夏?!」
「……あ、涼ちゃんだ。って寒!!!!」
「うわっ!!お前!!!なんちゅうかっこう!!!!!!」
「は?……はぁ?!あんの魔女めっ!!!!」
「とりあえすこれはおって!!!俺んち……が近いな!!!いくぞ!!」
どんな格好だったのか、その後どうなったのか。みなさんのご想像にお任せ致します。
え?私?魔女の千夏です。私はもうとっくに死んでいるので、無事天国へ行けました。そして、涼ちゃんに会えました。
「……千夏?」
「……涼ちゃん。やっと会えた。」
あぁ、よかった。
やっと呪いが解けた。
本当にこの呪いは厄介でした。
この呪いは、私たちの家系で生まれた子どものうち、【千夏】と名付けられた子どもにだけ発生する呪い。
ずっと、誰も、千夏に気づいてくれなかった。
でも、今回の涼ちゃんは気づいてくれたのですね。
涼ちゃんこと【涼介】も、この呪いの鍵。ずっと同じ運命を辿っていたのです。
やっと、終わったのですね。
ありがとう、涼介。
ありがとう、千夏。
幸せになってね?
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