第5話 抜刀術

 和服に袴姿の男が居る。

 腰に差してあるのは、日本刀。

 視線は、何もない正面。

 しかし、そこにあるはずのない『敵』が居る。


 右足を一歩前に出し、左膝は膝立ちになる。左手は日本刀の鞘を持ち、鍔を親指で押し広げる。いわゆる『鯉口を切る』という動作だ。そして手首を内側に返し、刃が外になるようにする。


 右手は柄を緩く握る。そのまま前に伸ばす。それから、左腰を後ろに下げるようにして、鞘を後ろにスライドさせる。


 切っ先まで鞘から抜けきった所で、右手首を曲げ、切っ先が『敵』の目に向かって最短距離を進むよう、誘導させる。


 切っ先が『敵』の目を横薙ぎに切り裂く。

 一歩踏み込みつつ、頭上に刃を掲げて両手で握り、そこから一刀。床まで振り抜く。


 右手のみで刀身を持ち、右こめかみの所まで持ってくる。頭上から斜め右前まで刃を振り抜き、刀身にこびりついた血を振り落とす。同時に左膝を伸ばして立つ。


 刀身の根元を鞘の口まで持ってきて、左手の人差し指と親指の間に添える。ゆっくりと右手を前に出しつつ、左腰を引く。切っ先が鞘の口まで誘導された所で、切っ先を差し込む。


 鞘を左手で持ち、前に進ませながら、刀を鞘に納める。ゆっくりな動作なため、納めた時に音は鳴らない。右手は柄の先端、左手は鞘の口に置いて、前に出ていた刀全体を元の位置に引き戻す。


 爪先を揃えて立ち、不動の姿勢となる。


 静謐だった空間が、一気にふやける。

「さ、これが基本だよ。まずはゆっくりひとつひとつの動作から確認しよう」

 師匠の言葉は、あくまで緩やかだった。

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