承:白迅

 神へと贄を捧げ、鍛司かぬしが神を呼び出し、刃錬はねりたちが鍛えた武具へと御霊を封じ込めることで、霊刃は作られる。そして玉場村の人間が一人ずつ霊刃を試し、御霊との相性が最も良いと分かった人間がその使い手となる。また、御霊との相性は主に血によって伝わるため、霊刃は使い手の子へと受け継がれることが多い。霊刃の使い手となった人間は、霊刃と同じ音へと名を変え、それまでとは違った生き方をすることになる。

 五代目の緋桐であった父が病に倒れたことで、彼女は六代目となったのだ。


 霊刃の力は、それぞれで異なる。

 例えば。

 風の刃を放つ太刀、「空断そらだち

 全てを突き通す直槍、「穿千うがち

 炎を巻き起こす剣、「焔叢ほむら

 稲妻を呼ぶ大槌、「雷鎚いかづち

 他にも幾振りもの霊刃が生まれ、時には闘いの中で失われていった。

 歴代の緋桐が振るってきた脇差「氷錐」は、刃先を通して物を凍らせる霊気を伝えることができる。生き物へと突き立てれば体を内から凍らせ、空気へとかざせば雹が生まれる。土や壁を通せば、それに触れる物まで一度に凍らせることもできる。元来は炎をまとう打刀「火斬ひぎり」との対として振るう霊刃であったのだが、三代目が鬼と戦った際に火斬は失われ、それより新たには作られていない。

 村を飛び出した狗錆くさびは刃錬ではなく、子供たちに学問や里の歴史を教える道師どうしであったが、霊刃衆のあらゆる職に通じていたため、よそ者に技術を教えることもできたのでは……というのは、洞察に過ぎないのだが。

 

 *


「そこ退け、おうら!」

 屋敷へ続く門の守りを固めようと集まる兵たちへ向けて、玖滝くだきは丸太を投げつける。彼らが怯んだ隙に千隼ちはやが滑るように駆け抜け、その場の頭らしき武者を斬り伏せる。

「通してくれたら斬りはしないけど、いかが?」

 千隼は子供を相手にするような口調で呼びかけ、なおも斬りかかろうとする足軽には振り向きもせず苦無を投げる。緋桐ひぎりのことを妹のように世話してくれる友であったが、顔色を変えずに造作もなく敵を殺していく様はやはり恐ろしい。

 武器を捨て、あるいは逃げ出していく兵たちを尻目に、宇雀うざくは悠々と門をくぐって屋敷を眺める。

「なかなかに広いな、むしろ中の方が守りは固かろう」

「宇雀よ、まだ奥我おうがは中にいそうかい?」

 玖滝の問いに、宇雀は頷く。

「大将が逃げ出すというのは、かなりの恥になるそうだしな。それにいざという時の守りのために、霊刃も近くに置いているはずだ……よし、ここで分かれるぞ。玖滝と鹿鋸かのこは周りを巡って、出口になりそうな所を潰していけ。千隼は外を探れ、陰陽おんみょうやら巫女やらがいると厄介だからな。我と八郎は、六代目と共に奥我を探す」

「はっ」

 各々が答え、散っていく。


 屋敷へと足を踏み入れると、長い廊下の先で槍や弓を構えた足軽たちが待ち構えていた。だが、それより手前に妙な殺気。

「忍びか……」

「上は私が。前を頼む」

 八郎の呟きに対し、緋桐はそう返してから数歩進み、そして案の定。頭上の天井の隠し戸が開き、小太刀を構えた黒い人影が覗く。そいつが飛び降りるより早く苦無を投げて怯ませておいてから、跳び上がって引き戸に掴まり、忍びを氷錐で突き刺してから、「凍霧いきり」で天井裏に冷気をまき散らす。他にも潜んでいた者がいたらしく、苦悶の声が聞こえた。

 同時に。八郎は歩を進めながら、こちらへ射られる矢を一つ残らず槍で弾き落としていった。並んで歩いていた宇雀はふと立ち止まると、右斜め前の格子戸の向こうへと苦無を投げ込む。そこから聞こえた悲鳴。そこにも伏兵が潜んでいたようだ。

「ほう、策に溺れるか」

 狙いは格子からの刺突や飛び道具なのだろう。宇雀はそれらの死角に身を寄せてから、身を屈めて回し蹴りを放ち、戸を蹴り抜く。

 不意をつかれた伏兵たちを宇雀が斬り伏せている間に、床へ降り立った緋桐は弓兵へと「氷風ひかぜ」を放つ。


「行くよ八郎!」

「応!」

 雹に打たれて弓の勢いが弱まる間に、緋桐と八郎は一気に間合いを詰め。突き出される槍の下をくぐるように床を滑る。八郎が管槍を横にして押し上げ、敵の構えを崩すと同時に。緋桐は仰向けの姿勢から跳ね起きざま、目の前の兵を蹴り飛ばす。後ろ向きの宙返りで姿勢を直してから、打ちかかる敵の刀を鎌で受け流し、腋へ氷錐を突き刺す。

「躱せ、八郎!」

 そう叫んでから、氷錐を抜き、四方へ「凍霧」を放つ。

 冷気に悶える兵たちの声を聞きながら、新手がいるか辺りを見回すが。どうやら、この辺りの敵は片付けたらしい。

「今度はちゃんと気づくようになったな、全く……」

 締め上げていて盾にしていた足軽を放しながら、八郎は言う。かつて斬り合いの修練で、八郎に冷気を浴びせてしまったことがあるのだ。

「なかなか上出来じゃないか、六代目……無用に殺してもいないようだしな」

 転がる兵たちを見下ろしながら、宇雀がこちらへ歩いてくる。緋桐は敵へと氷錐の力を放つとき、できるならば死なないように心がけている。足元や手を程々に凍らせておけば、たいがいは事足りるからだ。一方の宇雀はというと、刃向かう者は躊躇いなく斬り殺す。もっとも霊刃衆たまばしゅうの中には、逃げていく兵すら潰しておかないと気が済まない、という者もいるのだが。


 再び屋敷の奥を目指して進んでいき、曲がり角で先を伺うと。十五間ほど先に、鉄砲を構えた兵たちが見えた。ぱっと見るだけで十人、さらに奥にも控えているようだ。

「回り込みますか」

 緋桐は訊ねる。二人や三人の鉄砲兵なら、苦無を投げつつ駆け抜ければ突破できるだろうが、これはさすがに数が多すぎる。

「いや。屋敷の造りを見るに、奥我はこの先だろう……しかしどうにも隙がないな」

 壁から様子を伺いながら、宇雀も悩ましげに思案している。

 するとここまで進んできた通路から、兵の追ってくる足音が聞こえた。

「ほう、贄が来たか」

 宇雀が呟く。緋桐は頷くと、八郎と共にしばらく引き返し、曲がり角で追手を待ち構える。

「いくら要る」

 八郎の問いに、緋桐は先ほどの敵の構えを思い返す。

「二人」

「応」

 間もなく、追手が姿を現す。数は四人。先に陰から飛び出した八郎が、素早く一人に組み付き、締め上げながら盾にする。他が八郎に気を取られている隙に、緋桐は低い姿勢で飛び出し、壁を蹴って敵の頭上から飛びかかる。まず下にいた兵に踵を叩きこんでから、次に近かった兵の首を鎌で掻き切る。その間に八郎は四人目を蹴り飛ばすと、抱えていた兵を投げ倒す。

「さてと、おいお前。子供は」

 八郎はまだ生きている三人へ、苦無を突き付けながら順に問いかけていく。そのうちの一人が、震える声で答えた。

「い、いるぞ……八つの娘と、三つの息子だ」

「よし、さっさと逃げろよ」

 八郎はそう告げてから、刀を奪って蹴り飛ばす。苦悶の声を尻目に、残りの二人の頭を殴りつけ、引きずりながら先ほどの場所まで戻る。

「よいしょっと、ほら」

 首元を刺しやすいように、八郎は引きずってきた二人を壁に押し付ける。

 緋桐は氷錐を抜くと、刃先に念を込める。ぐったりとする敵兵の首へ、突き立てようとし……そこで、手が震えるのに気づく。抗わない人間へと刃を突き入れるのは、斬り合いの中で突くよりも、遥かに恐ろしい。

「緋桐」

 八郎の手が、肩に触れる。お前だけが背負う業ではない、とでも言いたいのだろう。

「六代目」

 宇雀が敵方を伺いながら、焦ったように声を掛ける。覚悟を決め、氷錐を突き立てる。刃先が血を吸うのを感じながら引き抜き、もう一人。そして、二人分の生き血を取り込んだ御霊みたまに呼びかける。


氷龍ひりゅう

 噴き出した冷気は空を凍らせながら、龍のようにうねり飛び。兵たちも、彼らが構えていた鉄砲も、瞬く間に氷で包んでいく。彼らの混乱する隙に、緋桐たちは通路を駆け抜ける。痛みにもがく兵を押しのけ、蹴り飛ばしながら隊列の中ほどまで進むと。

「行かせるな、なんとしても止めろ!」

 壁のような大盾を持った兵たちが、行く先を塞ぐ。構えを崩せないものかと、緋桐は飛び蹴りを入れてみたが、相当に強く支えられているようだ。

「こっちは任せろ、後ろ頼む」

 八郎はそう言うと、呼吸を整えてから管槍を構え。刹那の間に全身の力を柄へと込めて、大盾へと突き出す。

「――なっ!?」

 厚さ二寸あまりの木板が突き割られ、構え手が後ろに倒れる。できた隙間から緋桐が飛び込むと、四方からがむしゃらに斬り掛かられる。どうやら、士気はまだ消えていないらしい。ならば、心底まで震えさせるか。

 刀と槍を捌きながら、姿勢を崩した兵に氷錐を突き刺し。

氷骸ひむくろ

 身体が内から凍りつき、氷の像と化す。それを蹴り上げながら跳び、宙から叩き落とすと。

「――っ!?」

 人の身体であったものが、氷となって一瞬で砕け散る。それは大方の兵の戦意を削ぐのに十分な光景だった。

「通せ、なら殺しはしない」

 緋桐の宣言に、兵たちは次々と道を開ける。近くにいるはずの奥我を目指し、三人はさらに奥へと進み入る。


 *


 超常の現象を引き起こす、万能の武具にも思える霊刃であるが。一つ、大きな制約がある。

 御霊をび起こすためには、贄として生き血を武器に吸わせる必要があるということだ。用具を整え十分に儀式を行えば、小鳥一羽程度の血でも大きな術を放てるのだが、今回のような戦の中では素早く、強く、しかも繰り返し術を行わなければいけないため、その場にいる敵の血……特に、刃が通りやすい首元や腋の血を使うことが多い。

 故に、俗世の人間との闘いにおいて、霊刃の使い手は血塗られた業を背負う宿命にあるのだが。問題はそれだけではない。

 御霊を喚ぶ備えや術が十分に整っていない里の外で術を使うとなると、それに要する贄は桁違いに多くなるはずなのだ。例えば今回の発端である、奥我軍による術の発動であれば、数十人から百人に及ぶ贄を一度に捧げたのではと考えられている。

 故に。霊刃の力は、できる限り玉場の里の内に留めておかねばならないのだ。


 *


ゴウ―――――ッ!!」

 咆哮と共に姿を現したのは、二頭の赤毛の虎だった。身の丈は一丈近く、重さは百貫もあろうかという威容である。

「離れろぉ!巻き込まれるぞ!」

 周囲の兵たちは散り散りに逃げていく。しかし緋桐たちにとっても、目指す先を虎が塞いでいるというのは手ごわい状況だった。

「また面白いものを……俺たちで右は抑えておく、六代目はすぐに左を」

「はっ」

 緋桐は宇雀の指示に頷いてから、左へ回り込みつつ構える。宇雀が右側へ爆ぜ筒を投げるのを合図に、八郎と共に駆け出す。八郎が右側の虎へと突きかかり、注意を引きつける。緋桐はこちらへと飛びかかる虎の頭上を跳び越え、天井に張り付いてから出方を伺う。獲物を逃した虎は素早く身を翻すと、再びこちらへと襲いかかってきた。今度は下に避けてから、虎が着地する隙を突いて背中に斬りつけ、すぐに距離を取る。刃は辛うじて通るが、深くは入らない。贄に必要な血を確保するためには、柔らかい腹を狙うべきか。

 覚悟を決め、もう一度虎と向き合う。獲物のすばしっこさを感じ取ったのか、今度はゆっくりと間合いを詰めてから前足で殴りつけてきた。敢えて上向きに避けながら二回を凌ぐと、三度目は狙い通り、上から飛びかかる構えを見せた。

 緋桐は床を滑って虎の下に潜ると、腹へと氷錐を突き立て、間髪入れずに「氷骸」を発動。全身を凍らせるには至らないが、それでも臓の一部は凍ったはずだ。そのまま床を転がり、すぐに立ち上がって距離を取る。

 体の内側が凍った虎は、激しく吼えながらやたら滅多に暴れていた。近づけば危ないが、もはや獲物を追うだけの正気は保てないだろう。放っておいても直に息絶えるだろうと見切りをつけた緋桐は、壁伝いに跳び移りながら廊下を引き返し、宇雀と八郎の加勢に向かった。

「仕留めた!」

 二人に知らせると、頷いた八郎が大きく飛びずさって間合いを取り、ひときわ大きく管槍を突き出す。肩に槍が刺さった虎が身をよじり反撃しようとする隙に、緋桐は腹へと氷錐ひぎりを突き立て、より深くまで差し込んでから「氷骸」を放つ。

 虎は激しい痛みに暴れ、離れ遅れた緋桐は突き飛ばされる。強い衝撃に刹那、意識が遠のく。

「緋桐!」

 気がつくと、八郎に抱えられていた。どうやら、暴れる虎からの追い打ちから庇ってくれたようだ。

「無事かっ!?」

「……なんとか。ごめん」

 先ほどの虎を見ると、最後の気力を使い果たしたのか静かに横たわっていた。こちらも傷を負ったものの、どうやら仕留め切ったようだ。

「六代目、動けるか」

「……はい」

 鹿鋸かのこから貰った痛み止めの丸薬を飲み込む。脇腹が痛むが、ここで足を止める訳にはいかない。

「宜しい、では――」

 宇雀が言いかけると。


 氷錐が共振を起こす。同時に行く手から轟々という音が迫り、空気が熱を帯びる。

「――上だ!」

 八郎が槍で天井を突き割り、三人はそこから天井裏へ逃れる。その直後、巨大な炎が廊下を奔り抜けていった。報告にあった通りの、炎を操る霊刃。

「……なるほど、いよいよか」

 床に戻り、焼け焦げた廊下を抜けながら宇雀が呟く。

「そのようですね、最早なりふり構っていられないということですか」

「ああ。ここから先はお前が頼りだ、六代目」

「……はっ」

 

 ひときわ大きな襖の先の広間で。立派な甲冑に身を包んだ男が、悠然と床几しょうぎに腰かけていた。周りには精鋭らしき護衛。加えて、黒い布を被った小さな人影……見るに童が、鎖に繋がれてもがいていた。その脇に立てかけられている打刀は、確証はないものの霊刃の一つだという直感が走る。

「お主が奥我か」

 宇雀の呼びかけに、床几の上の武者は答える。

「いかにも。よくぞ辿りついたな、霊刃衆の者よ」

 総大将の元まで辿り着いたらしい。しかし、ここから霊刃と使い手を奪い返すのが本来の目的であり、つまり正念場はこれからである。平穏に済めばいいが、恐らくは斬り合い……それも、霊刃使いとの対峙になるかもしれない。

 

 同胞を殺すことになるか、あるいは同胞に殺されるか。氷錐を握る手が、抑えきれずに震える。その手に、そっと八郎の手が添えられる。その温かさを感じながら、緋桐は息を吸い込んだ。


「さあ、参りましょう」

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