第9話


次に見えたのは大きな火に包まれたモンスターだった。顔は鬼の様にいかつく、このフィールドの森の木を大きく上回るほどの巨体、その周囲には太陽の表面のように火があちらこちらへと飛び散っている。

名前は腹部の方に書いてあり、【イフリート】と書いてある。


イフリートとはイスラム教のコーランという聖書に登場した火を操れるという魔人で名前はとても有名だ。

そのためあって、ゲームでは頻繁に使われる名前の一つだ。

大抵のゲームではモンスターの中では強い位置づけをされている。


その巨体は森から顔を出しこちらを見下ろして、すぐさま攻撃を仕掛けようと拳を振り下ろそうとしている。


「湯呑、俺を乗せてくれ!」


流石にここで死ぬことは許されない。

湯呑、【ウルフ】は乗る事が出来る。まだ捕まえてから一度も乗った事は無いが良い機会だと、すぐさま誠二は呼び寄せる。


湯呑は行動をシフトしすぐに【リーチ】の元までやってくるとリーチはそれに乗った。


「カルテアまで走れ!ッと!!」


湯呑は一気に加速し、振り落とされそうになったが踏ん張り態勢を安定させる。その間に茶柱とぬれ煎餅をウィンドウに入れる。見ると体力が減っていてあのイフリートの炎に巻き込まれたようだ。


後ろを振り返ると同時にイフリートの拳が振り下ろされ衝撃が走った。


「あれ絶対まずいって!」


森で囲まれた周りが赤く染まる。木々は燃えていないがあの炎にはダメージ判定があるのか、時折こちらに逃げてくるモンスター達が炎に包まれダメージを受けている。


「とにかくあの高い所に行け!」


誠二は湯呑に目の前にある隆起した地面を示し、そこに湯呑は一直線に走る。


「ありゃ・・・これどうしたもんかね。」


そこで見える景色はイフリートが荒れ狂い周りのモンスターを焼き払いながらこちらにゆっくりと近づいてきている姿があった。


どうやらターゲットは【リーチ】のようで動きはあれだけ強いのに何故か遅い。


意図して引き起こした物ではないにしろ取り返しのつかない事になってしまった。


どうしたものか考えていると一つの妙案を思いついた。


「あれ、使えないかな。」


それはイフリートを今回の作戦で使ってみようという発案だった。せっかく呼び出したんだという事と、カッコイイ見た目のためという単純な理由からではあるが思いついたら即行動だ。


「結構動きが遅いからな、今から国に着くまで大体1日ぐらいか・・・?余裕あるなぁ。」


ボーっとつっ立ったまま、作戦を練っているとイフリートを口が開いた。

そこから何か力がその口元に集中して行っているようなエフェクトが起きている。


「なんだあれ!?」


急いで今いる居場所から左に離れ、距離を取る。するとイフリートは下を向き、集中した力を光線で下から上へと持ち上げ、さっきまでいた【リーチ】の場所を狙ってきた。


まるでレーザービーム。


しかも当たった所から順番に爆発も起きている。避けていて良かった。というよりも遠距離でも攻撃してくるとちょっと予定が狂ってしまいそうだ。


「うっひょ~かっけぇ。あれペットに出来たら楽しいんだろうなぁ。」


思い浮かべるはイフリートの上であの忌まわしき俺のバッグを嘲笑った奴を叩きのめす姿。ワクワクしてきた。


とはいうもののあんなの倒せるわけがない。無理な話だというのは誠二が良く知っていた。


誠二はひとまず国へと戻りログアウトを済ませ作戦を練る。


紙とペンを取り出して何個かの作戦を思いついたあとすぐその作戦名と内容を書いていった。


そしてそこから使える作戦を取り出してまた思いついたら書いて、を繰り返していると2枚の作戦だけが残った。時計を見るともう深夜のAM 2:00で完全に昼夜が逆転してしまっている。


しかし、恐らく今でもイフリートは誠二のキャラクター【リーチ】に向かってきている。寝ている時間は無い。


「ふ~。えっと?あのビーム使って相手の拠点を破壊するのと、イフリートを国の中に入れる・・・か。どっちも現実味は無いよなぁ。俺もまだまだだ。」


二つにはどちらとも問題がある。いや、問題が無い方が作戦としておかしいのかも知れないがやはり不安要素は拭い取りたい。


あのイフリートのビーム、一撃で相手を倒せるというならこちらを選んでいた。ただ一撃でも分からないし、あのチャージしている時間を見ると連発も難しそうだ。それにあの発動条件も不確定要素である。


だとすると国の中まで誘い込むという方法だが、あの動きの鈍さを見ると間違いなくあいつらは簡単に逃げ切れる。こればかりは誠二自身がどうにかしなければならない。


「もっといい作戦あれば良いんだけど・・・時間が足りないなぁ。」


なるべく実行する時間は多めに取りたいという願望があり、これ以上作戦を考える余裕はない。


「ま、城の中に誘い込むにするか。」


これが一番確実性のある作戦で失敗しても当分はあいつらは国に近づいてこないだろう。若干納得のいかない部分はあるが仕方がない。


あのバッグの中身を笑った奴、思い出すだけでもイライラする。大体、ペット使いのペットが相手モンスターを倒したからといって牙や羽などのいわゆる素材アイテムがドロップしないのも問題だ。


あれらは確かに単価は安いが一体倒す度に出てくるためまとめて売れば多少のお金にはなるのに差別ではないのか!とも思う。


ただそれ以上は考える暇が無い。


直ぐに再びログインをする。


(さてっと。あいつらをまずは囲うための柵でも作ってみるか・・・。)


軽い気持ちでログインをした瞬間、国中は大慌てになっていた。


様々な困惑の声が聞こえるなか、もっともクリアに鮮明に、情報を教えてくれたのは城から発せられた警報だった。


「緊急警報!緊急警報!現在この国に【イフリート】接近中!手練れの者はすぐにギルド本部へ!繰り返す!緊急警報!緊急警報!現在この国に【イフリート】接近中!手練れの者はすぐにギルド本部へ!


声は白夜のようで、よくこんな深夜にまでゲームをしているのかと感心する。


すっかり大騒ぎになっている。まぁあれだけの巨体、既に見えてもおかしくは無かった。

国中はパニック状態で「イフリートをどうするか。」「はやくログアウトしなきゃデスペナルティがつくぞ」「ログアウトをしてもデスペナルティがつくぞ」などとにかくイフリートに関する話が大多数だ。




城には続々と強い人達が集まっている。レベルが高い人や、プレイヤースキルが高いと自負している人、少しでも貢献しようとする強い意思を持った者。

あのイフリートという化け物を倒すために集まっているが如何せん初心者が多いこの国の人達、人数が少ない。


白夜はすっかり困り果てていた。


「なぁ、白夜どうするんだよ、イフリート何てまだ倒せる奴聞いたことないぞ!」

「分かってるからちょっと待って!」


白夜も周囲の緊張状態が移ったのか、余裕のない状態だ。


無理もない。【イフリート】という存在はまだ未解明で攻略者がまだ出ていない最難関ダンジョンの一つのボス、その強さは平均レベルが最高のギルドでさえまだ攻略出来てはいない。しかもそのボスである【イフリート】がこんな場所に現れるだなんて聞いたことも無い。


【イフリート】の特徴はその巨体と周囲に影響を与える身に纏っている炎だ。あの炎は近くにいる敵味方問わず継続的なダメージを与えてくる。そして超火力のレーザービーム。避けるのは容易いが炎耐性が高い人であろうが一撃で体力を0にされてしまう恐ろしい技だ。


間違いなくこの国に来るまでにやられる。


「良し!他の国から援軍を呼ぼう!僕達に勝てるような奴じゃない。」

「はい!各方面の国をまとめているギルドに救援要請を出して参ります。」


白夜の命令を聞き届けた側近の一人が急いで通信用のアイテムを操作する。


「楽しそうな事になってきたじゃないか!」


白夜は今まで起きた事の無い事件に心を躍らせながら、楽しく微笑んだ。



さて、問題の人に移る訳だが・・・当の誠二は木材を買おうにもお金が無いと分かって諦めてロープを買ってあのギルドに向かっている最中だった。


ロープはその中で最も安い物で、一時的な拘束にしか使えない。


この類のアイテムは耐久性が存在しており、振りほどこうとするたびに耐久性が削れていき、やがて解けアイテムは消滅する。

このロープだともって10分程度、しかも拘束するためには括りつけなければならない。


誠二はこんなロープで何が出来るのか分からなかったがピーンと来たため買っておいた。


「!!!!!!」


誠二は町中にいる一人の男性を見つけるや否や怒りを露にする。


あいつだ、俺を嘲笑った奴、絶対に許さない。


忘れかけていた闘争心を呼び覚まし、逃げていく彼の背中を追う。

彼はやはり教えて貰った通りの場所に帰っていき、その中にいる仲間と一緒に猥談を開始し始めた。


「おい、イフリートが来てるらしいぜ。この混乱に乗じて何人かやろようや。」


まずは手前の男がもちかけた。


「ってか俺らも逃げた方が良いだろ。死んで教会に行ったら洒落にならないぞ。ここのトップギルド俺達敵視してるみたいで顔バレだって数人してんだから。」


そう、決してあれから白夜達は何もしなかった訳じゃない。徹底的に調べ上げて既に居場所以外の全ての情報を入手している。

本来なら今夜に襲うつもりだったらしいが誰かのせいにより延期になってしまった。


しかし、隠されていた情報とはいえその噂を耳に出来た男が逃げる事を選択する。


これでは逃げられたらまた居場所を探し出す事から始まらなければならないし白夜としても誠二としても避けたい選択だ。

そこで今さっき入ってきた誠二の因縁の相手である男が話に加わる。


「俺はどっちでもいいっすよ。ここのやつら皆弱すぎて飽きちゃいましたし。」


意見が割れる。段々とその割れた意見が深くなり言い争いが起きて来た。

そんな中、この中のギルドマスターである男が答えを出し、争いを終結させた。


「イフリートが来る前に、荒らしに荒らして他の国に行こう。その方が面白いだろ。」

「「「それだ~~~!!!」」」


ギルドマスターのなせる業なのか、一気に意見がまとまり先ほどまで堅かった空気が溶けて行った。


「んじゃ早速やるかぁ。」


と流石PKギルド。殺気だっている人達が次々に席に立ち外に出ようとする。しかしドアが開かない。


「あれ?開かないぞ。」

「いいからさっさと壊せよ。どうせもう使わないんだから。」

「おっけー。」


ガタガタと揺らしても開かないドアを壊そうと少し助走を付けるために離れる。

そのままドアをぶっ壊して外に出ようとするその目論見は果たせなくなった。


「・・・は?」


一瞬にして体力のバーが無くなった。

この家、いや、その【直線】に居た者全てがその放ったビームによりやられてしまった。


「く、くっそ~~~!!!何だ一体ッ!何が起こったと言うんだッ!俺ぁ恨むぜ、こんな事を仕出かした奴をよぉ~~!!!」


因縁の相手が吠える。遠くでその声を聴いた一人の男性は軽快な笑いを奏でていた。


「うははははは!!ざま~みろ!俺のバッグの恨みを思い知れっ!」


まるで悪役がする醜い表情で気高く笑うその姿の正体は、【リーチ】だった。


誠二は手に持ったロープを意味も無く持ち歩きながら、とある場所まで移動していた。それはイフリートとキラーサーカスの拠点を結んだ直線、そしてそこは一度見たビームの時のイフリートと高台に居た誠二と同じ距離。


発動条件は知らないがきっとターゲットにいる俺の事を見つけ次第攻撃をしてくれることを信じて待つ。

しかし何か胸騒ぎがする。不安要素がある。


そこで手に持ったロープを見て思いついた。これをドアに縛れば少しは長く持つんじゃないかという事を。

結果、この作戦とは言えない策は成功した。


イフリートは【リーチ】を見つけると願った通り、光線を出して【リーチ】に攻撃をしてきた。

そしてその直線にいる人達はデスペナルティと一緒に教会で目覚める。


当然誠二はしっかりと避けている。


10秒ほど、誠二は高らかに笑った。


「ははははははは!!!・・・ふぅスッキリした。って、何で壊れてるんだ?」


笑った後、冷静に見れば光線の一直線の建物が崩壊している。あの森での出来事の時は壊れていなかったはずなのにこれは想定外の出来事だった。


想定されなかったからこそのシステムなのか、それとも想定されていた事からのシステムなのか。プログラミングに関して、そしてゲームの知識に関しても一文の価値もない誠二の知恵では到底分かりえない。


これじゃあ宿屋がどうなっているのかも分からない。このままだとイフリートがいる間も逃げ回らないとデスペナルティがついてしまう。


寝不足で既にフラフラで気力も使い果たした今の誠二にはもうさっさとログアウトして寝たかったが、そんな不安は要らぬ世話だった。


ターゲットはすぐ、急遽組んだ【イフリート討伐部隊】に移った。それは白夜とこの国の手練れ達が結成したものでほんの時間稼ぎに過ぎたい部隊だが、勇士を周囲の人達に魅せていた。


誠二は満足し、下層エリアにてログアウトを済ませた。きっと彼等ならば倒してくれると信じて。


後日、その事件はサイトの方で記事になっていた。


題名は【突如現れたイフリート!】


内容を見てみよう。


《 カルテアで突如出現したイフリート、誰かの仕業なのか、運営が起こしたイベントなのか。


  皆が慌て、逃げ回る中【チーム 白夜(ホワイトナイト)】は仲間を集めてイフリートと対峙する。


 しかし戦況は劣勢、なかなか減らない体力とイフリートの高すぎる攻撃力に次々と死んでしまうがデス 

 ペナルティがあるにも関わらず最後まで奮闘、そして援軍に来た他のギルド達によりイフリートを倒す事

 に成功!!


 以下、動画付》


とある。


(あ~倒したんだ。大変だっただろうなぁ。)


誠二は少しばかり罪悪感を感じ、一部始終を見るために動画の再生ボタンをクリックするとイフリートの前で魔法や剣でダメージを加えていく人達がいる。


皆必死で過酷さが伝わる内容だった。


なんか知らないがニュースみたいにリポートしている人の後ろには有野の姿もあった。


次の日、ログインしてみると国は半壊。昨日と比べてみる影も無いほどボロボロだ。

皆がボランティアで復興を手伝う。ゲームの中という事もあり皆とても積極的だ。


そんな事はどうでも良かった誠二は今度はアリアドネを捕まえるために奥へと入っていた。

苦戦もあり、中々捕まえられないアリアドネを前に休憩していると有野がここまでやってきた。


こいつ本当に暇なんだな。


「リーチさんどうも。結構奥まで来ましたねぇ、レべルは相変わらずですけど。1次職まではそこまで難易度ハードなゲームじゃないんですけどねぇ。」


気が付けば有野は転職していた。職業は1次職の【バックラー】。盾使いで誠二のペットのパーティーでいうぬれ煎餅と同じポジションだ。


だが、誠二のペースが遅いのは事実であることから怒りは湧いてこなかった。


用事は恐らく無いんだろう。来た理由は「ただログインしてたから来た。」というだけだが、必ず話題を出してくる。そう、恐らく「あの」話題だ。そうなれば心境的にこちらが不利だと考え先に誠二の方から話を振る。


「そういえばイフリートが出たとかなんとかで国が大変な事になってたな。白夜も大変そうにしてた。」


出まかせだ。白夜は一回会ってから一度も昨日の動画を除くと一度も見た事無いが信憑性を高めるために吐いた嘘だった。


「あれほんと大変だったんでありますよ!イフリートは現在実装されているボスの中でもトップクラスの強さ、多分初心者がアリアドネの封札を使って呼んでしまったというらしいであります。あっ、いやまさかとは思いますがリーチさん・・・もしかして?」

「おい、馬鹿な事を言うなよ。アリアドネだって今ここで初めてペットにしようと来たんだぞ?ってかアリアドネの封札ってなんだ?」

「あぁ、それはですね・・・」


有野は相変わらず熱心に教えてくれる。

そんな説明を受けて、あたかも初めて知ったというリアクションを取る誠二。ちょっと罪悪感もあるがそのバッグの中には今まで倒したアリアドネの封札が幾つも大事そうにストックされていた。

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