第10話
遂に待ちに・・・待っている訳がない入学式。それぞれの人が様々な思いを胸に秘め新しい学校の校舎へ足を運ぶ日。
その日は当然誠二にもやってきて、憂鬱でも楽しみでも無い無感情な気持ちで制服に着替えて家を出る。
相変わらず家には誰もいない。
両親は忙しすぎるため、家は殆ど書類の倉庫のように扱っていて一人暮らしの状態。特に高校生になってから多忙を極めている。外で寝泊まりする事がしょっちゅうだ。
今まで母親については何も言ってこなかったが母親は父の秘書だ。常に一緒にいる。だからと言って愛し合っていない訳じゃない。
二人きりの時の姿は滅多に見た事は無いが昔、夜おトイレを行くために一階に降りた時久しぶりに両親が帰ったばかりの時間に遭遇し嬉しくなり話しかけようとした。
昼間は忙しく会ってはいるが話せるような状態ではなかった当時、その嬉しさは尋常では無かった。
嬉々としてリビングのドアを開けようとした瞬間、手が止まる。
その時はまだ子供で何をしているのか分からなかったが、何だか見てはいけないような物を見てしまったという罪悪感を感じて何も見なかった事にしてトイレを済ませて部屋に戻って忘れるように寝た。
家の内装はそんな両親だが思ったよりも綺麗になっている。誠二は綺麗好きという訳じゃないが汚いのが嫌いで汚い所を見つけるとその度掃除をしている。もうすっかり一人暮らしのプロだ。料理だって問題ない。
朝食は簡単な菓子パンで済ませて学校へ徒歩で行く。
学校はどこでも良かったから一番近くの高校を選んだ。その選び方は何ら不思議はない。
高校の場所は徒歩30分ほどで至って普通の住宅街の細道の先にある。有名とは言えない高校だが最近工事が済み綺麗になった事で地元ではちょっとだけ話題になっている。
登校している時、暇で人間観察のような偉そうな事をしている訳ではないが近くの登校している同じ制服の人達を確認していると同じ中学の人達もいるが知らない人達もいる。
それは高校が近づくにつれて増えていき始めて見る人達に緊張しながら歩いているとある場所が光って見えた。
「何だあれ、人形か?」
見た事も無い人がいる。それは知らない顔という訳じゃない、人種に近いような感じ方。
その見た目から思わず口に出してしまったが、まさに人形と言えるべき風貌をしていた。
背は小さく、髪は茶色で綺麗にまとまったパーマ。服装は誠二と同じ高校の制服を着ているが全くの別物に見えてくるほど似合っている。
目はくりくりと大きく口元は常に笑顔でどの方向から見ても可愛らしい。まさに人形だ。
しかし、周囲にはそんな彼女を守る形で女子たちがガードしていて近づけそうにない。どうやらこちらの視線に気付いたのかそのうちの一人がギロっと俺の方を睨みつけて向いてくる。
さっと目を落としてそれ以上は何も見なかったが世の中にはあんな美人がいるんだなぁと世界の広さを実感した。
だがいくら守ろうとしてもその容姿はそのバリアを突き抜けて周囲の視線を引き寄せる。高校に着くとそれは顕著に表れていて特に男からの視線がやばいほどに感じた。
兎を狩るオオカミのような視線のようだった。
美人は案外といる。学年には必ず一人美人の人がいるがあれはその範疇を越えている。2次元からでも来たんじゃないかと思った。
そんな彼女は普段どんな生活をしているのか、恋というよりも知識欲の方が強い誠二の興味は傍目から観察していると下駄箱が一緒のようだ。つまり同じクラス、何という幸運。つまらないと思っていた学校生活がちょっとばかり楽しみに思えて来た。
この高校の入学式はまず、事前に渡された案内書からクラスを知り、自分のクラスの教室で一度担任と同じクラスになるクラスメートと顔を合わせてから体育館へと移動し、そこで校長先生とかのつまらない話を聞いてから再びクラスに戻って案内して終わる。授業は次の日だ。
学校は私立 高尾が峰高等学校。地名が使われているだけの特徴の無い学校、校風も規則も何も特徴は無い。本当にただ最近工事が完了して綺麗になった程度しか無くて敷地も大してない。立地もそれほど良くない。
一つ上げるとするなら今年あの人形のような子が入ったという事が一番のポイントなんじゃないか?
そんな学校だからか、誠二は特待生だ。学費は免除されている。
理由はたった一つ、「親の会社が大きくて有名だから。」
学校は生徒を集めるために名を売らなければならない。特に私立は顕著に表れる。
有名な会社の将来社長になる男が我が校の生徒だった。というのは大きな宣伝になるため、こちらからではなく向こうから提示してくれた。そんな事言われずとも一番近いこの高校を選んでいただろうけど。
誠二は人形の人がクラスの教室に入る前にちょっと周り道をして、先にクラスの教室に入った。
席は黒板に張り出されていて、左端の列の後ろから2番目という中々いい席に座る事が出来た。これも学校側が配慮したことかどうかは分からない。
どうやら考えていた事は的中していたようであの人形のような人が入ってきた瞬間、男達の目はそちらを向き他のクラスからは見るために人が集まってきた。あれじゃあ後から入ってきた人は何が何やら分からず入る事も難しいだろう。
誠二は机に伏せ、目立たないように時間が過ぎるのを待った。
チャイムが鳴る頃には流石に人の集まりは無くなっていたがそれでも暫くはこんな生活が続くだろう。
少し遅れて担任の教師が入ってきた。
眼鏡をかけていて少しぽっちゃり気味で頭の髪の毛がとっても貧相なちょっと可哀想な人だった。
黒板に自分の名前を書いて自己紹介をする。
「え~、初めまして。担任の白澤(しらわざ) 智弘(ともひろ)っていいます。早速で悪いですけど順番に自己紹介を始めましょう。え~まずは君から。」
先生の中にはこういう人もいる。仕方がないと思っていても、んだよこの禿。と思いながら自分の自己紹介の番まで待つ。
最初はドアから近い右列の人から最初だ。席順は規則性が全くないランダムで「あ」から始まる名前の人ではなく「わ」から始まる人から最初に自己紹介が始まった。
一番不安なのは「趣味」とか「好きな食べ物」とか要らない情報を付け加える事で次の人も同じような事をしてまたその次の人も前の言った人と同じような事を言っていく同調圧力が働く所だが、どうやら名前だけのようでホッと一安心する。
正直誰がどんな名前なのか興味が無いため詳しく覚えていない。
自己紹介が進み、ついに中央の列にいた人形の人が自己紹介を始めた。誠二を含む男の人達の視線が集まる。
「は、初めまして!三日月(みかづき)苺(いちご)って言います。よろしくお願いします!」
三日月が自己紹介を終えるとまだ自己紹介をしていない男子の一人が「ひゅ~可愛い名前だね~。」とアピールを始めた。
(気味の悪い奴だ。控え目に言って死ねだな。)
嫌悪感を抱きつつもそれから更に自己紹介が進みやっと自分の番だ。ただ名前とよろしくお願いします。と言うだけでいい。何も心配は要らない。
ガタッ
席を立つ音がした。
(・・・あれ?)
おかしい、まだ席を立つ前で椅子もまだ動かしていないのにどうしたんだというんだ。
皆は誠二にではなく他の席の方を見ていた。視線に促されて視線の先を見ると三日月が何故か椅子から転げ落ちてお尻を強く打っていた。
「苺大丈夫!?」
登校していた時も傍にいた一人が声を掛けると次々に続いて女子も男子もわざわざ近づいて心配という建前で声を掛ける。
その真ん中では三日月が「だ、大丈夫だから~!」と安心させようとしている。少ししてようやく先生が「皆席に座りなさい。」と説教して渋々席に座る。
「続けて?」
続けて?何を言ってるんだこのはげっー!せっかくながれる感じで自己紹介が出来たというのにこんな状態で自己紹介なんて気まずくて出来るもんじゃないだろうが!
しかし文句は言えない。入学早々担任に喧嘩吹っ掛ける生徒なんか漫画でもあまり見ない。
「えっと・・・須賀羅 誠二です。・・・よろしくお願いします。」
ストレス以外ない。何で俺が気負いながら自己紹介しなきゃならないんだと思いながら自己紹介は終わり入学式へ。
くっそつまらない校長の話を延々と聞かされながらようやくその日解放された。誠二が教室から出ると三日月はすっかり囲まれていた。
だが、誠二が三日月に対する感情は完全にマイナスになっていた。
何がドジだ天然だ。ふざけるなよ。見た目が良いからって許される事が無いと知れ。
恨みの籠った念を送って帰宅する。すっごい疲れた。中学校の始めもそうだったけどクタクタだ。ゲームの世界に帰りたい。
すぐにVPIを起動させ『サガミネワールド・オンライン』を起動させて育成に戻る。これが一番落ち着く。目の前で強くなっていくペット達を眺めながら勉強や本を読む。何と充実した生活だろうか。これがゲームの中じゃなかったら文句も言われないのになぁ。
時折アリアドネを倒しつつ過ごしていると有野がログインしてきた。この時間にログインは珍しい。てっきりすぐにチャットでも飛ばしてこちらに来ると思ったが何だか今日は遅い。
何かあるのかな、と思いながらアリアドネを倒すとようやくペットになった。
「こいつ強いんかな。」
見た目は可愛らしいけど役割が無ければ使う機会が無さそうで取りあえずペットウィンドウに入れておくとようやくチャットが来た。ログインしてから30分ほどだ。何もする事が無さそうだけど何をしていたんだろうか。
チャットではいつものように「そちらに行っても大丈夫でありますか?」と来ている。
「いいぞ。」と送るとペットを使って10分ほど出来た。本来なら2時間はかかるぐらいの距離だが【ウルフ】さえ使えばその程度の距離はこれほどだ。
会いに来る度に何時間もかけてられないからしょうがない。
「り、リーチさんお待たせであり・・・ます。」
やけにたどたどしい物言いとモジモジした動き。気持ち悪い。
「なんだお前今日は一段と気持ち悪いぞ。」
「気持ち悪くないでありますよ!」
良かったいつも通りだ。いや、今の態度からいつも通りとはいかないみたいで雰囲気は相変わらずモジモジとしている。
「珍しいな、こんな時間にログインだなんて。あ、お前高校生になったのか。」
「はい、今日入学式でありました。」
「奇遇だなぁ、俺も今日入学式だった。」
何の不思議はない。基本的に殆どの学校が同じ日に入学式を行う。だからこそ先ほど誠二は高校生になったという事に気が付けた。
流石に高校に入れば昼夜逆転は治したのか、この時間にログインしているがいつもと同じ時間じゃないのが原因にしては羞恥心は感じられない。
「見てみろ、アリアドネ捕まえたぞ。」
「おっ!おめでとうであります。」
「使える奴か?」
「え?いやぁ、ペット使い目指している訳ではないので分からないであります。」
有野が知らない事となるとマイナーなのかなと思い、呼び出してみる。後残り一体、ひとまずアリアドネをレベル上げしながら次のモンスターを見つけに行く頃合いだな。と思いながら4匹で周囲のモンスターを倒していく。
そういえばと胸に溜まっていたつっかえを取り除くために来てくれた有野に愚痴を呟く事にした。
「そういえばさぁ、今日自己紹介したんだよ。」
「定番でありますな。」
「それでさぁ、俺の番で変な人が椅子から転げ落ちてさ、変な空気になったんだよ。腹が立った。」
「へ、へ~。そ、そうでありますか。」
有野は愚痴が面倒くさいのか作り笑顔を浮かべている。
だが関係なく話を続ける。
「そいつ多分自分が可愛いと思ってるんだろうな。いや、可愛いのは武器だからそれはいい。だけど何で俺の時にしたんだって話だ。分かるだろ?」
「う、う~ん。なんでそれでナルシストに思われるか謎であります。」
「多分あれはわざとだ。故意に俺にしたんだ。」
それは誠二が三日月の方を見た時、一瞬だけだからこちらを意識したことだ。本当なら申し訳なさそうな感情からだろうが今の誠二はあの三日月という女にかなり腹を立てていた。マイナスの評価からそう簡単にはプラスの感情になる事は無く、誠二は言葉だけじゃなく本心で故意だと思っている。
そんな誠二の判断が間違っていたのか有野は見えないがかなり興奮した声で拒絶反応を示してきた。
「それは絶対あり得ない!あり得ないであります!故意だなんてそんな!」
「いや!あれは絶対に故意だ。俺には分かる。」
「前々から思っていたでありますがそういう勝手に決めつける所!良くないと思うであります!」
「あ~そうか。でも俺はそんな俺が好きだから悪かったな。」
「もういい!」
いつの間にか喧嘩が起きていた。
誠二は別に喧嘩しようと思って言った訳では無い。ただの愚痴、殆ど無関係の有野に言う事でスッキリしようとしただけだった。それなのにどうしてこうなってしまった。
愚痴をしたこと自体が間違いだったのか、それは違うと思っても実際そうなってしまったに何が悪いのか分からない。有野が悪いようにも思えないし誠二は慌ててしまった。
(え?あれ?何だ?どうしたってんだこれ。)
状況が上手く掴めない。気が付けば言い争いから発展して喧嘩が起きている。
言い争いはいつも通りだ。ちょっとどちらかが悪口を言ってそれをきっかけに言い合いになったことなら何度もあった。だが今回ばかりは向こうがやけに意固地になっている。
悪くないはずだ。・・・悪くないはずだ。
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