第4話

鉄人の店から歩いて10分ぐらい経った頃、ピタっと誠二の足が止まる。

誠二は気が付けば周りには殆ど誰もいない、何もない所の道に入り込んでしまったらしく道が狭いくせにかなり入り組んでいるため迷路のようになっている。


そう、誠二は迷子になっていた。


普通なら地図やらマップやらの機能でどこがどこにあるのかなど分かるのだがこのゲームにそんな甘えた機能は存在しない。


しかし地図という物は売られている。

現実でも地図を作った事がある人が「このままじゃ不便過ぎるだろ!」と勢いに任せてチームを組みそれを売っている。しかしそれもまたポータル付近の賑わっている所での話。


そんな重要な紙切れが道端に落ちているはずもなく、この道から抜け出すには相当な時間が掛かる事だろう。


「参ったねこりゃ。」


思わず鬱を口に出し若干ストレスを解消した所で再び歩き出した。


・・・もう30分ほど歩き回ったがよく分からない。同じような所ばかりで精神的にも動く事をイメージするのにも疲れて来た。もうログアウトしてしまおうか。

なんだかキャラクターの顔もだるいと眉をしかめている感じがする。


実は現在地図で言う所の下層部という門より一番遠いエリアにいる。

『サガミネワールド・オンライン』はプレイヤーがお店を出すだけでNPCが武器屋をやっていたりはしていない。そのため一番人の出入りが激しいポータルを中心に、そこから広がるようにお店があるのだが、当然人の出入りが全くない所にお店がある訳でも増してやそんなところに用事のある人などいる訳がない。


何だかこのまま止めてしまったらこれから一生やらなくなる気がしてならないがこれ以上は戻れそうも無く無理だとメニュー画面を開こうとした瞬間、男の声に呼び止められた。


「むっ?こんな所に何の用だ?初心者?」


それはまさに天の助け。この際だれでもいい、せっかく買って貰ったのに1日で終了とか損にも程がある。


そんな気持ちで声の主の方向を見ると「そんな気持ち」は高く積み上げて来た積み木の支えている重要な一部分が欠けてしまったかのような絶望感を感じた。


声の主は見た目は20代、黒髪で顔が少女漫画に出てくるようなイケメン顔をしている。それはいいが問題はその次だった。


服装は全て迷彩色、恐らく趣味なのか手には白い手袋をはめていて靴は黒い。軍服のような服装だが所々に細かい、無いであろうマニアックな装飾品をも付けている。

そして大問題はこの言葉遣いだ。


「先に自己紹介をば。」


男性は一度咳き込み、喉を唸らせる。凄まじい演技力だ。


「自分の名前は有野平五郎軍曹でぇあります!メイン職業は、ってどこに行くでありますか!?」


誠二は疲れた頭を動かしキャラクターをその場から退散させる。男性が咳き込む時には既に行動していてかなり遠くまで逃げたのにすぐに追いつかれてしまう。


「ふふふ、そういうの嫌いじゃないでありますよ?」

(ありますって・・・。)


良く分からない語尾を付けているが疲れないのだろうかと心配になる。

名前の欄を見ると【有野平五郎軍曹】とあり【冒険者 LV35 サブ職業無し】と、初心者には違いないが誠二よりも経験者のようだ。

直観で(この人に関わりたくないなぁ)と思っているが背に腹は代えられない。さっさと教えて貰ってさよならを言おう。


有野は笑いながら少々照れ臭そうにしている。やっぱり恥ずかしいんじゃないか。


「疲れません?その感じ。」

「何を言うでありますか?自分は至って自然であります。」


そう言っているが有野という男性は一瞬ギクリと肩を揺らす。分かりやすいにも程がある。

ふいに何故そんな風に遊んでいるとか少し気になったので聞いてみる事にした。


「一つ質問良いですか?」

「あ、はいどうぞ。」

「恥ずかしくないんですか?」

「その質問は自分の胸に深く突き刺さるであります・・・。RPGとは何の略か知っているでありますよね?」

「えっと、ロールプレイングゲームですよね?」


急な一見何の関係性もないような質問にも冷静に返す。


「そう、ロールプレイングとはつまりなりきりプレイ!自分のように現実ではあり得ないような容姿、行動を出来るのが醍醐味なのであります!実際性別を偽ったりしている人もいるでありますよ?」

「はぁ・・・。」


全く理解出来ず思わずため息を吐いてしまった。


それは鉄人も言ったようにゲームの中に現実の話を持ってくるのはタブーみたいな感じらしく誠二のように名前と個人情報以外全て曝け出している人もまた珍しいのかも知れないがこの有野が言うと全く心の響かない。


「え?ここに来たのは何でですか?」


あまりにも唐突な変な質問ではないか?と思われるかも知れないが誠二は一つ仮定が間違っていたと気付く。

これほどまでに特色の濃い人だ。まともなプレイが出来ているとは思えないという考え、出来れば間違っていて欲しいと思う発想。


突然思いついたように聞いてみると有野は少し照れ臭そうにして理由を語る。


「自分のようなはぐれ者とは誰も関わり合いをしたいとは思わないようで一人でやっていたんですがあの場の和やかな雰囲気から逃れるようにここへ・・・。」

「地図持ってますよね?それか帰り道知ってます?」

「地図?あぁ、そんなものありましたね、帰り道は知らないであります。」

「(ありました・・・?)えっと、地図は・・・。」

「なんかアイテム欄を圧迫していたので捨てちゃいました。」

「何でだあああああああ!!!!」


誠二は悶絶のあまり地面に這いつくばり地面を叩いた。痛くはないけど心が痛い。


「ちょっと!大丈夫でありますよ!どうせすぐに帰れるであります。」

「帰れる訳ないでしょ!俺30分以上も歩いてたんだぞ!?」

「えぇっ!?30分!?まぁ自分に着いてきてください。」


何故30分の所を驚かれたのか気にもならず気持ちの波を抑えきれず自分の事しか考えられていない誠二は(もうこの人に全て任そう。)と普段では考えられないような思考で有野の提案に乗る事になった。


普段はこんな感じじゃないのになぁ。なんて自分がしたことが考えられなくて過去を振り返って猛省していると有野平五郎軍曹が何でか申し訳ないようにおずおずと話を切り出してきた。


「そ、そのぉレベルが2って事はまだ【ドラりん】を倒したばっかりですよ、ありますよね?」

「ん?あぁまぁ倒してからどれぐらい経ったか分からないけどばっかりじゃないな。」


すっかり敬語も止め、有野が語尾を忘れていたとしてもツッコまないような最初の頃より縮まった距離をまだあって数分だというのに感じていた。


考え込んでいて気付かなかったが確かに二人で少し気まずい雰囲気になっている。仕方なくとはいえついていくと決めたのはこちらだし話に乗るのもいいかもしれない。


「普通はもっと【ドラりん】を倒したり武器を買ったりすると思うんでありますが・・・。」

「ちょっと考えがあってね。有野さんは【ドラりん】苦戦した?」


これは決して自分が下手だったから苦戦してしまったのかな?とはそんな気持ちでは聞いていない。

逆に「チュートリアルにしては難しかったよね~。」のようなあるある話を持ち出してお互いの共通点を見つけて親近感を沸かせるようなかなりに下衆い話のつもりだった。


しかし現実はただお前が下手だったからだと突きつける。


「何言ってるでありますか?【ドラりん】はこのゲームで一番の雑魚敵、たった5発程度攻撃すればいいし動きも鈍いから攻撃よけるのも簡単でありました。リーチさんは?」

「よ、余裕だったかな?」


誠二のキャラクターの顔はこわばっていた。

それに気付かない有野はヘラヘラと笑いながら目的地の無い散歩を続けている。


どもった所も焦っている表情も分かっていない様子の有野を見て気持ちを落ち着かせ始めて自分がゲーム下手だという事に気付く。


とはいえ努力に手を抜いた事はない誠二は内心で(誰よりも強くなってやる・・・!)と心を燃やしていた。すると


「あ、着きましたな。」

「え?もう?」

「いや、リーチさん多分同じ所グルグルしていただけじゃ・・・。」

「お、本当に着いてる。ありがと。」


誠二は何を言っているのかさっぱり分からないためそれを無視した。

神殿に行くつもりだったが疲れたしここいらで辞めようかと思ったがお礼を言い忘れていたとメニュー画面を開こうとする手を止め、有野の方を向く。


「ありがとう、助かったよ。」

「えぇ、こちらこそ。」

「こちらこそ?」

「はい、初めてゲームの中で会話したもので・・・。わ、悪くないものですねアハハ。」


照れ臭そうに、だが前よりも自信が付いた凛々しい表情をしている。これがこちらに来なければいいけどと考えているが十中八九こうなることだろう。


「良ければ手伝ってあげましょうか?パーティーを組めば倒した敵の経験値は2分の1になっちゃいますけど自分の方が倒すの早いですし。」


パーティーは最大6人まで組むことが出来、ペナルティとして2人パーティーなら2分の1、3人なら3分の1と効率は一人とあまり変わらないが特典としてパーティーの人の方角と距離、そして一番大事なのは味方の体力バーが見えるという事だろう。


今回の場合は一方的に誠二が得をする形になるが、嬉しい提案だけど疲れた頭を休めるために今日は終わりにする事にしているし、(別に俺弱くないし。)と妙な意地も存在する。


「今日はもう終わりにするよ、30分も何も無い所をただ歩いてもう疲れた。」

「じゃ、じゃあフレンドなりましょう!申請しますね!」


運命でも感じたのか語尾も忘れてかなり必死になって関係を持とうとしてくる。

制限は分からないが横のつながりは社会を築く上でとても重要な事だ。

こんな変な奴でも助けてくれた恩もある。感謝の気持ちも沸いているため無下には出来ない。


「じゃあお願いします。」


ピロン♪

【有野平五郎軍曹  冒険者 35LV】【承認】


承認ボタンを押してフレンド登録完了。


初日で二人、とても幸先が良いと言える。


「リーチさんは次はいつプレイするでありますか?」

「まぁ、やりたいこともあるし明日もするつもりだけど。」

「では自分もご一緒してよろしいでありますか?・・・あ、いえ別に嫌ならば嫌と言ってくだされば・・・はい。」


チラチラと別の方向を向いてるかと思えば様子が気になりこっちに目線を戻してくる動作を見る限り一緒に遊びたいだろうことは分かっていたし、YESと答えてあげるつもりだった。

しかしここまで積極的だった癖に最後の最後で我に返って答えを待たずにおどおどと自己完結しようとする人は、自分が!自分が!と前へ前へと来て話がしずらいから出来ればその場しのぎで関係を終わらせようとしたい人種だ。


(まるで俺が嫌な奴みたいじゃないか。)


「まぁ春休みだしそっちの都合に合わせるよ。」

「なんと!学生さんでありましたか!おっと現実のお話はタブーでしたな。」

「俺から言ったようなものだし気にしなくていいから。」

「自分も今年から高校生でして・・・奇遇でありますな!ではお昼過ぎのい、13時からでどうでしょう。」

「え?昼過ぎでいいの?」


てっきりこれだけ遊びたがろうとするからには朝とか言い出しそうだったし、こちらに気を使うようなタイプでもないはずだ。


誠二は驚いた気持ちを素直に伝える。


「ま、まぁ事情がありまして。」


この反応から誠二は完全に理解出来た。


「とやかく言うつもりは無いけど高校始まる前に昼夜は元に戻した方が良いよ。」

「何で分かったでありますか!?」


まさに的中されたため有野は驚き、感嘆している。


「さっきの言いにくそうな事が一つ、それと下層エリア?だっけ。あそこゲームをやっていれば普通は大事だと思う地図を捨てたり、たまり場にするなら分かるけど初めて来た事で始めたが遅くても昨日ぐらいと予想した。あとは昨日始めたのにレベル高かったからゲーマーって奴なのかなって思って、お母さんとかに止められてるのかな?とも思ったけど家でそんな事言ったり出来てるって事は親は理解出来てる人だろうし。最後は午前中だけの予定だけどお昼過ぎだってきっちり予定建てられるなら午前中は何もしていないって予想出来る。それに春休みの夜更かしって当たり前だからね。」

「しかし予定建てるといっても破る場合もあるのでは?」

「有野さんは約束を守れなさそうな約束はしない人だろうし。勿論根拠もあるけど。」


有野のような典型的な自己主張型は一般の人よりも思考が分かりやすい。それもさっき見た途中で我に返り自分の希望とは真逆の行動に走るのはこれもまた典型的なネガティブ思考の人間だ。


自己主張型ネガティブ思考という人達は文字通り凄くネガティブだ。

積極的とも言えるような行動力はあるが何故人付き合いが苦手かと言えばこのネガティブが邪魔をしている。「友達になりたい」「仲良くなりたい」こんな気持ちが強ければ強いほど逆に「迷惑かも知れない」「嫌われたらどうしよう」と考えてしまう。


恐らく有野はこう考えていた。


(出来るだけ早めがいいけどどうしよう。朝起きられそうにも無いし10時ぐらいかな。いや、そんな時間になるとお昼食べるだろうしゲームの途中でお昼食べに行くと嫌な思いされるかも。だったら食べる時間はいつ?12時も危ない。1時ぐらいなら大丈夫そうかな。)


これは有野自身が考えていた事ではなく無意識に逆算し、考えついた時間だ。決して正しいとは言えないし前提が夜更かしするゲーマーという事で繋がる思考だ。

かなりの高確率だったとはいえ当たったのはラッキーだった。


「凄いであります!説明は良く分からなかったでありますが正解であります!」

「流石にあれだけ格好つけて言ったのに外れたら恥ずかしかったよ。で、本当にお昼でいいの?」

「し、しかし・・・。出来れば9時頃・・・頑張って寝ますので。」


9時というのは午前の9時の事だ。


もう一度確かめると、有野は少し躊躇いながらも時間を早めに設定してきた。これぐらい強引なら相手も断りやすいし乗りやすいというものだ。


「じゃあ9時にポータルの前で。」

「は、はい!よろしくお願いするであります!」

「じゃあ俺ログアウトするぞ。」

「あ、待つであります。」


またメニュー画面を開こうとして止められた。


「ん?」

「宿屋でログアウトする方がいいらしいであります。何やら街中でログアウトすると所持金を奪われたりするらしいので。」

「面倒くさいシステムだけどまぁいっか。」


宿屋はすぐに見つかった。

宿屋もまたプレイヤー経営で、ポータルの近くに幾つも存在するためすぐに分かった。1回5gと非常に安いがそれだけに人の出入りが激しく儲かるみたいだ。


二人は同じ宿屋でログアウトを済ませ、明日に備えて床についた。

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