3.
僕がシャワー室から戻ると、ベッドの端にちょこんと座って、砂都貴は窓の外に見入っている。雨が、柔らかい雪に変わったようだ。粒の粗い雪は、街中に白いレースのベールを重ねていく。うっとりと、砂都貴が言う。
「地球が夢を見ているみたい・・・」
・・・ねえ、砂都貴。僕は時々思うんだ。
あの日。、千九百九十九年の夏の日に、地球は永遠の眠りに就いてしまったのでは・・・なんてね。今、僕達がいるこの世界は、眠り続ける地球が見ている夢なんじゃないかって。
・・・でも、こんな飛躍した妄想が、なぜかただの妄想に思えないんだよ。
出生率の急激な低下。老衰死亡者数の減退、植物の狂い咲き。毎日の、一見ささやかなニュースの中に大きな警告が隠されているようで。
現に僕は、砂都貴を抱けない。同棲を始めて二年以上、友人に散々からかわれながら、彼女に希水上のことができなかったのは・・・砂都貴が触れたら壊れてしまいそうに華奢だから。見ているだけで、いつも寄り添っていられるだけで幸福だったから。・・・だと思ってた。
だけれど、いつしかこんな恋愛の形は世界中の恋人たちに"異変"として広がっていた。有識者の分析によると、恋人たちは精神面での充足感を得た、その代わりに性欲を喪失した・・・これはつまり子孫を残す意欲の喪失であり、・・・すなわち人類の未来放棄現象の一つではないか、と。
いつかテレビで聞いたその話が何故かひどく気に懸かり、それ以来、僕の体内時計が狂い始めた。
「働きすぎて神経がまいってしまったようだね」
精神状態が、すぐ仕事に影響してしまう。皮肉な笑みを浮かべ、上司が、しばらくゆっくり旅行でも、と休暇をくれた・・・あれは、もう半年前。おそらくあの街には、もう帰らない。
・・・逃げたいほど、つらい現実があったわけじゃ、ないんだよね。でも、だめ。ひとところにじっとしていると、不安なんだ。「世界が死にかけている」・・・そんな妄想がみぞおちに引っかかってる。不安で不安で、全身が寒くて、頭がずんずん重くなる。二日と耐えられず、列車に乗り込み、別の街へと旅立つ。
不安は、僕の体の中にある。心の中の、冷たい空洞は、日一日成長していくよう。でも、この不安から逃げたくても、…どこへ逃げても、この心寒さから逃げられないのだろう。
それでも逃避行は続く。いつか、真の意味での安住の地にたどりつくまで。自分の、世界の、本当の鼓動を感じられるようになる時まで。
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