2.

千九百九十九年を境に、世界は少しずつ冷たくなっているらしい。急激な変化があるわけではないが、毎月の平均気温が、ここ三年、一度ぐらいずつ落ちていると、テレビジョンのニュース解説で言ってたな。

「まるで地球が冷凍睡眠(コールドスリープ)装置に入っているみたいね」

アップル・ティーを淹れながら、いつもの歌のような口調で、砂都貴が言ったっけ。

彼女は絵描き志望の家出娘。僕は、記憶喪失のサラリーマン・・・だった。と付け加えておこう。今は二人ともただの放浪者(たびびと)である。

・・・千九百九十九年、七月。地球滅亡の時、などという人騒がせな大予言のおかげで、世界中が一大パニックになったが、どうやら恐怖の大王様とやらは、僕の頭上だけに降臨なさり、僕一人を交通事故の犠牲にしただけで、お帰りになってしまったらしい。

加害者の車は反対車線までひっくりかえり、車体は派手にへこみ、運転手は脱出の際に右腕を骨折。一方、横断歩道から跳ね飛ばされた僕のほうは、外傷は肘と膝のかすり傷程度。・・・ただし、事故以前の記憶は一切失ってしまっていた。

翌年、二〇〇〇年七月。病院での担当医師のコネで就いた、医療機器メーカーの営業の仕事も軌道に乗った僕の前に、砂都貴が現れた。アパートの部屋の前、スケッチブックを抱えて座っていた彼女の姿は、琥珀色に輝く天使に見えた。

「ずっと、探してたの。やっと見ーつけた」

事故以前に、いちどだけ街で僕を見かけて、・・・ひとめぼれした、という。世紀末への恐怖から逃れた世界中が、お祭り騒ぎで滅茶苦茶になっている中、ただひとすじに、僕を探していたのだと。頬を染めてそう語る、彼女の砂糖菓子みたいな横顔に、僕はその時、ひとめぼれした。

そのしばらく後、砂都貴は僕の部屋に住みついた。まるで、真っ白なカラの花のように、ひっそりと。

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