アンデスの山奥にて(後編)

アメリア・アンダーソン空軍大佐は滔々と語りだした。思うに取材を頑なに拒む一方で誰かに真実を伝えたい気持ちもあったのだろう。

「ウィンプス元大統領はペテン師だよ」

そう語りだした大佐の話は、衝撃的としか言いようのないものであった。アンダーソン大佐のまっすぐな目を見ていなければ老婆はもう正気を保てていないのだと結論を出していたに違いないと思えるほどに。


話を要約しよう。

まず、アンダーソンの経歴はそのほぼすべてが左遷だというのだ。この時点で私は今までのリサーチが水泡に帰したような感覚がした。なぜなら私はこれまでアンダーソン大佐の経歴を輝かしいものだと報じてきたからだ。

しかし、一つ一つの話を聞くと私は納得した。確かにアンダーソン大佐のキャリアの中で本部勤務の割合は異常なほど低い。地球外基地の保守業務を専門に行う技術者であっても15年前までは3年の任期でキャリアの半分は本部の研究センターに勤務したというのにアンダーソン大佐の本部勤務は日数ベースでキャリア全体の10分の1ほどでしかない。

「たしかに、常に本部から遠ざけられるような配置をされていますね。なぜでしょうか?」

そう尋ねると大佐は静かにうなずいて、そして続けた。

「私が汚職に敏感すぎたのさ」

つまり、アンダーソン大佐は上官の不正行為を告発しようとしたために本部から地理的に離れた場所を中心に勤務させられ、その終着点がメリフラワー号勤務であったらしい。


話は、汚職の具体的な内容に続く。

当時の宇宙開発事業は複数の技術的イノベーションに触発されて予算がほぼ無制限につく状態になっていた。そして当時の大統領、大統領の側近であった航空宇宙局長官は反対派の偽看板を付けた議員と結託して入札における談合、株式のインサイダー取引、外国との外交交渉の裏取引の道具として使っていたという。当然、メリフラワー号計画においてもそのような汚職が横行していたという。

そこで私は思い出した。「それは、ウィンプス元大統領が前大統領がやっていたと主張した汚職ではないですか?」

「そうだよ、だから私はウィンプスをペテン師と呼ぶのさ。自分を後継者に指名した恩師である前大統領にすべての罪を着せて自らの保身をはかるペテン師」

「確かに、ウィンプス元大統領は倫理的にきわどいことをしたかもしれませんが、ウィンプス元大統領の行った宇宙開発枠組み条約脱退と宇宙開発事業への予算増強によって我が国は宇宙開発時代において盤石な優位を確立できたのは事実ではありませんか?」

私がそう尋ねると、アンダーソン大佐は深く息を吐き、暖炉に薪をくべた。

「私はね、今日の宇宙開発が正しいものであったのか確信が持てないんだよ」

私は耳を疑った。巷に流布しているアンダーソン大佐のイメージは宇宙開発こそ人類の進むべき道と信じる熱い人物像なのだ。

「火星のテラフォーミングは順調らしいね、トロイヤ小惑星群への基地設立も進んでいる。確かに輝かしい業績だ。現政権が掲げている計画ではあと20年ほどで火星木星圏に中規模な国家規模の経済圏が生まれるらしいじゃないか」

「ええ、そのようです」

「では、その経済圏はどこが支配するのかね?我が国かね?それとも極東の某国かね?」

「それは・・・」

私は返事に窮した。大佐は私の返事を封じたことがうれしいようで笑いながら続けた。

「どこも支配できない。地球はまだ地球外に植民地を持ち得るほど成熟はしていない」


その後のアンダーソン大佐の話を要約するとこういうことだった。

強大な経済圏を有するようになった火星木星圏の支配権をめぐって地球上で大国間の争いが起きる。地理的な事情から火星木星への人員は超長期の滞在を余儀なくされ、そこから生まれる宇宙空間独特の連帯感は独立への機運を高めていく。

確かにすでに火星開拓団は作業効率化と称して司法権、人事権、立法権までも要求してきており地球では官民を巻き込んだ論争になっている。

戦争は避けられたとしても混乱とともに地球の今までの投資がすべて水泡に帰してしまう。

「確かにあり得ます。そして枠組み条約が機能していればこんなことにはならなかったでしょう」

そういうと大佐は嬉しそうにうなずいた。

「老人から若者への助言として、一度火星に赴いて取材すると勉強になるかもしれないね」

そういわれて、私は本気で火星行きを検討しようと思った。火星には太陽系の今後50年を占ううえで重要な要素が存在するとジャーナリストとしての勘が告げていた。


そのあとも、大佐が宇宙飛行士になる前のエピソードや、飛行士として大切にしていたことなど、一つの連載記事ができてしまうほどの話を聞き、その夜は大佐の小屋に泊めていただいた。翌朝、私はアンダーソン大佐と固い握手を交わし、帰途に就いた。

その時に、「夏にもう一度お話を伺いにまいります」と言い、大佐も「こんなところ何度も来るもんじゃない」と口で言いつつも笑顔でうなずいてくれたが、その約束が果たされることはなかった。

翌年の夏、私がアンデスに向かうための準備をしていると一通の手紙が届いた。差出人は冬にお世話になったアンデスの村の村長だった。その内容は、アンダーソン大佐の訃報を伝えるものだった。

アンダーソン大佐の遺言として入っていた付箋紙程度の紙切れにはこう書いてあった。

「私の最後の友人へ

記事にしてくれ。

     アメリア・アンダーソン」

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