アンデスの山奥にて(前編)

「ジュールさん本当に行くんですか?」

 昨夜の宿を提供してくれた村長が不安そうに聞いてくる。この時期は雪が降っており入山は危険だというのだ。

「行きますよ、そこに取材対象がいる限りね」

 村長夫人などは不思議なものでも見るような顔で私を送り出してくれたが、ここアンデスの村ではジャーナリスト精神というものは珍しいらしい。


私、ジョン・ジュールはメリフラワー号事故40年の節目に合わせて行っていた検証記事の最後を飾るべき人物を尋ねるために中央アジア、アンデス山脈のふもとの村に来ていた。そこで、アンダーソン大佐の最後の目撃証言があったのだ。もし、大佐の取材ができなかったら探し回った記録を記事にする予定であったが、その心配は杞憂に終わった。村に行き、村長に話を聞くとアンダーソン大佐は山にこもって生活をしており、夏になると必要な物資を買いに村に降りてくるということを教えてくれた。残念ながら今は寒さが骨にしみる真冬ではあったがこの好機を逃すわけにはいかないので、村長の反対を押し切って登山を行うことにしたのだ。


30分後、私は後悔していた。

「うん、寒い」

雪用のブーツをはいたはずだが、ブーツの中に雪が入ってしまったようだ。

「冷たい・・・」

しかし、ここで脱いだらもっと雪が入るだろうし、引き返すなんて論外だ。


さらに30分後、私はひどく後悔していた。

「雪山って汗かくのかよ…」

汗が気持ち悪いし、場所によっては汗が冷えて寒い。


さらに30分後、私の意識は朦朧としていた。

「まだつかないのか?」

視界がぼやけてくる。周りが全部白い。どの方向からやってきたのかの判断がつかなくなってきた。

「ジャーナリストとしてはかなり壮絶な死に方だな・・・」

でも、死んだら記事載せてる雑誌社に怒られそうだな。


気づいたら私は暖炉の火にあたっていた。

ああ、僕は死んだのかな。ここは快適だから天国に違いない。


すると、傍らからマグカップが差し出された。トマトの味が効いた温かいスープだった。

「ああ、天国のスープはおいしいな」


「私も、生還したときにそんな風に思ったよ」

私は、いきなり聞こえた女性の声に驚いて危うくスープをこぼしてしまうところだった。

「いいかい若造、あんたはまだ生きてる」

その声は、ぶっきらぼうであったが温かさを感じるものだった。そして、私はその声の主を見たときにさらに驚いた。

「アンダーソン大佐ですか?」

老けてはいたが、その女性の顔立ちには私が記事を書くにあたって、たくさんの写真でみたアメリア・アンダーソンその人の面影をはっきりと残していた。

「私は大佐ではないよ。逃げ出すときに辞表を提出してきた」

「大佐の辞表は受理されていません、いまでも空軍と国際宇宙機構に籍が残っていますよ。現在の所属は書類上広報部アドバイザーになっています」

アンダーソン大佐は咳をするように笑うと。

「政治家はいつだって余計なことをするんだね」

と、どこか懐かしむようにつぶやいた。

「アンダーソンさん、お願いがあります。私は雑誌の記事を書くためにあなたに会いに来ました、取材に応じてくれませんか?」

「昔も、ほかのジャーナリストに言ったがね。私は取材に応じるつもりはないよ」

事前の予想通りアンダーソン大佐は取材を拒否してきた。

「35年前にアンダーソンさんを唯一取材したフィリップ・ジュールは私の父です。私は父からアンダーソン大佐の話を聞きました、当然大佐が取材に応じない理由も聞きました。そのうえでお願いします。人々には知る権利があるんです、今日の宇宙進出の裏でどんな出来事があったのかを。お願いします」

私は祈るように返事を待った。

「そうか、フィリップのせがれか。確かによく似てるね」

そういうと大佐は安楽椅子に腰を掛け、目を瞑った。寝たのかな、と思ったが。

「一つ約束してくれるかい?」

「もちろんです」

私は即答した。

「内容も聞かずに請け負うのは不用心だよ、若いの。約束というのはね、取材には応じるが記事にするのは私が死んでからにしてほしい」

私は、咄嗟に何も言えなかった。私は40年の節目の記事にインタビューを載せたいのだ。

「そんな顔をするんじゃないよ。心配しなくても私はもう長くない」

「わかりました、お約束は必ず守ります」

これで連載記事の最終回は非常に質素なものになることが決定してしまったが、そのことは後で考えることにしよう。

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