二階級特進

アメリア・アンダーソン空軍少佐、元宇宙船メリフラワー号船長は目が覚めたとき、身体中を縛られていると感じた。その次に感じたのは鼻をつく消毒用アルコールの匂い。誰かが、顔を覗き込みどこかへ走り去るのもわかった。しかし、彼女はまだ眠かった。

「ここは死んだ後の世界なのかな・・・」

死後の世界にも眠気は存在するのか、と変なことに納得しながら二度寝をしようとして、失敗した。

「大佐、ご気分はいかがですか?」

穏やかな低い声がする、目を開けると白いひげを蓄えた白衣の老人が顔を覗き込んでいた。

「私は少佐のはずだが・・・、死んで二階級特進したのか?」

「いいえ、人類を救った英雄として先ほど二階級特進が決定しました」

白衣の老人はなだめるように言った。

アンダーソンは、しばらく黙って、そしてどうやら自分は死んでいないらしいと納得した。

「そうか。ではあなたはドクターか。悪いが拘束具をはずしてくれないか?」

老人は少し固まっていたが、アンダーソンの言わんとすることを理解して。

「あぁ、あなたは拘束などされていませんよ。もっとも本来月面で慣らしてから地上に降ろすべきなのでしょうが」

なるほど、納得した。

アンダーソンは、自分の置かれた状況を理解して、眠りに戻ろうとした。

「ドクター。そろそろよろしいでしょうか?」

若い男のものらしい張りのある低音の声がした。

「どうぞ、重力に慣れていないことを除けば大佐の健康状態に支障はありません」

ドクターが「やれやれ」といったジェスチャーをしながら場所を黒いスーツを着た若者に譲る。

「お休み中のところ失礼します—」

失礼だと思うなら後にしろ、とアンダーソンは思った。

「—あなたは今後一定期間、我々連邦捜査局の警護対象となります。—」

私はそんなこと頼んだ記憶はないぞ、とアンダーソンは思った。

「—明日の朝一番に我々の施設に移動してもらいます。現地の尋問官の質問に答えてください」

おいこいつ尋問官って言ったぞ、とアンダーソンは思った。

「何か質問がありますか?」とスーツの男が聞いてくるので。

「私は、警護など望んでいない。それでも連れて行くというなら法的根拠を示してほしい。私は重力に慣れ次第家に帰るぞ」

アンダーソンは重たい体を回転させてスーツの男に背を向けようよ懸命に体を揺らした。

スーツの男はため息をつくと、「ドクター」と呼びかけて一枚の書類を受け取っていた。

「大佐、これを見てください。心的外傷後ストレス障害の診断書です。最新の軍のガイドラインに従ってあなたには社会復帰のためのプログラムを受けて頂きます。当然その間の外部との接触は認められません」

「さっき警護と言ったのは?」

アンダーソンは黒スーツを睨みつけた。

「病人扱いはなにかと不便ですので。詭弁です」

「全く、汚い手は責めて隠して使うものだと教会で習わなかったのかね?録音機材が手元に無いのが惜しい」

「お褒めに預かり光栄です」

先ほどといい、この黒スーツの若者とはまともな会話ができる気配を感じない。

アンダーソンは男と争うことを諦めて、休息に入ることにした。

「では明日、お迎えにあがります」

男が立ち去ったのを確認してからドクターが、「済まんね」といいながら病室から立ち去った。


その後、アンダーソンは毎日毎日、休む間も与えられずに尋問を受けた。「病人扱いがこれなら警護対象はどんな扱いを受けたんだ」と訴えても聞く耳を持つものはいなかった。

そしてアンダーソンはどんな質問に対しても「ご想像にお任せします」としか答えなくなった。


アンダーソンは知らないことであったが、まさに尋問を受けている真っ最中に大統領選挙が行われ、ウィンプス合衆国大統領が誕生していた。

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