メリフラワーの真実1

私が主観的に遭難を自覚した時から8時間が経とうとしていた、当初救難艇が到着すると考えていた時間だ。しかし、救難艇は来ていない。ちなみに私は今、宇宙船のコントロールルームでとある機械を前にしている。

レコーダーだ。

今まで存在に気づかなかったのは誠に恥ずかしい限りだが、存在に気づいた今もスイッチを入れてレコーダーを再生することに一抹の躊躇いがあった。レコーダーには遭難するに至った経緯が記録されているはずであり、その経緯に興味はあるが同時に救難が今後も来ないという残酷な事実を示唆する内容が記録されている可能性もある。いや、8時間が経過して未だに救難艇が来ないと言うことは今後も来ない可能性はかなり高い。

例えば、もし私が昏睡していた時間が思っていたより長く5時間程だったとしたら、絶対に救難艇は来ないだろう。


「悩む…」


10分ほど悩んでいただろうか。私は一つの結論を出した。

「知っていようがいまいが事実は変わらない」


私はレコーダーのスイッチを入れた。今まで入れたスイッチの中で一番思い手応えとともにモニターが煌々と輝き、大まかにどこから再生するのか入力するように求めて来た。

私は震える手で15時間前と入力し、再生が始まるのを待った。

完全に管理された空間であるにもかかわらず身体中から汗が滲み、無重力も相まって胃液が喉元まで上がってくるように感じた。


再生が始まった。モニターは6つの異なる場所を映しており船内の居住スペースを全てカバーしていた。コントロールルームには赤毛の大柄な男がモニターを眺めていた。別の部屋では残り5人の男女が本を読んだりモニターを眺めたり、はたまた寝ていたりしていた。私は無重力で漂いながらアイマスクをして寝ていた。

私は名前が思い出せないが懐かしさを覚える、先程頂戴した写真に載っていた仲間を眺めていたが、突然モニターにノイズが走った。

多画面を同時に映しているため音は入っていないが画面内が警報を表す赤い照明で照らされ全員が明らかに動揺したように見えた。

アイマスクをして寝ていた私も起こされ全員は赤毛の男がいるコントロールルームに集合した。私は6つに分かれた画面のうちコントロールルームを映しているモニターを選択し、全画面表示にした。

『状況報告を!』

私の声だった。自分が発した記憶のない自分の声を聞くのは妙な気分だった。

『電磁嵐と思われます、現在船のコントロールシステムが損害を確認中』

赤毛の男が答える。あの赤い警告灯に照らされながらあの落ち着きは並大抵な訓練では身につかないであろう。

『損害結果出ました、かなりひどいです、まず通信装置がメイン予備共に作動しません』

何人かが頭を抱えて仰け反った勢いでふあふあ漂っている光景は滑稽ではあったが彼らは別にふざけているわけではなった。

『メインコンピューターが影響を受けていないとは限らなそうね、ともあれ私たちは予定された進路を進む以外の選択肢は無いわ、通信手段の復旧の検討も並行して進めて』


再び画面を分割に戻してからどのくらいの時間が経ったであろうか。再び画面のあちらこちらにいた乗組員が慌ただしくコントロールルームに集まった。

『地球が見えたってどう言うこと?』

画面の中の私がそう叫んで望遠鏡で進路上を眺めていたが、そっと望遠鏡を下げると一言つぶやいた。

『たしかに、近すぎる…』

『どういうことですか?』

モニターに座っていた金髪の女が躊躇いがちに尋ねる。

『このメーター壊れてるわ、急制動、急いで!』

画面の中の私は必要以上に複数のモニターを首を慌ただしく動かしながら見ていた。

『ダメです、メインエンジンコントロール応答しません』

『何ですって?』

先ほどの電磁嵐で平然と対応していた赤毛の男もいまは呆然と漂うことしかできていなかった。

私はレコーダーを一時停止にして深呼吸をした。

私は、『このメーター壊れている』という先ほどのフレーズを何度も反芻していた、『このメーター壊れている』。『このメーター』とは私が救助到着まで8時間と結論づけるのに使用した速度計のことであろう。それが壊れている。しかもモニターの中では『ちきゅうが近すぎる』と言っていた。つまり予定より加速しているということだ。これで救助がこない理由がわかった。先ほど読んだマニュアルに書かれていた『史上初の核融合パルスエンジン搭載の世界最速宇宙船』というフレーズも絶望に追い打ちをかけた。

しかしこれでは、私以外の乗組員がここにいないことはせつめいできない。私は怖いもの見たさで先を見ることにした。

『現状コースで突入した場合の進路を計算して、それから脱出可能な限界地点の計算も』


『結果出ました、現コースを維持した場合当船は地球に突入します』

『この質量だと。相当な破片が降り注ぐわよね、何てったって史上最大の宇宙船だもの』

画面の中の私は上の空で呟いていた。

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