再びメリフラワー、記録
私が誰もいない宇宙船で目覚めてから2時間ほどが経った。
船外作業が出来ない以上、やることもないので投棄されていた資料などを見ていると様々なことがわかってきた。
わかったことの中でも興味深かったのは、この船に与えられていたミッションに関する記述だった。
文書によると、この船の名前はメリフラワー号、最新鋭の推進機関「核融合パルスエンジン」を9機搭載した惑星間航行用宇宙船らしい。そして今回の航海はメリフラワー号の技術的欠陥の洗い出しと並行して初の人類による木星軌道到達を目指したものだったのだという。
計画書の「木星軌道到達」の隣にチェックマークと日付が書かれていたことから推測すると、有人木星軌道到達は成功したのだろう。木星軌道にて牽引してきた探査機材を木星に投下、その全力運転は行わないが、将来的には100日程度まで短縮される」と備考に書いてあった。
「エンジンマニュアルを見る限り、他の姿勢制御エンジンと比べてパルスエンジンはかなりの暴れ馬みたいね…」
独り言は遠くから聞こえる電子音のみの世界に不気味に響いた。
エンジンマニュアルは通常と操作マニュアルとは別の冊子になっていた。冊子というが、複数のリングで束ねられたそれはブロックと呼ぶのが正しいように思えた。
エンジンマニュアルの各ページには赤いペンであちらこちらに書き込みがしてあり、持ち主の苦労を感じさせた。あるページには、「構造上速度計の故障リスクが大きい、定期的に基地からのドップラー計測を依頼すること!!」と大きな赤字で書いてあった。怒りに任せたような強い筆圧だった。
「おそらく、私以外の乗組員が脱出せざる終えなかった事故はこのエンジンが原因だったんだろうな・・・」
そこまで言ったとき、一つの疑問が生まれた。
では、なぜ私はこの船に残っていたのか?
仮説1:居眠りをしていたら置いて行かれた。
仮説2:脱出艇が故障していた。
仮説3:私が残る必要があった。
仮説1に関しては除外して考えていいだろう。もし私が相当に乗組員に嫌われていたとしても、置いて言った後にかけられる嫌疑を考えると起こすはずだ。
仮説2に関してはどうだろう?これは、ある程度考慮できそうなのでマニュアルの中から脱出艇に関する説明を探してみた。
図を交えて様々な機器の使い方が書いてあったが、その上に脱出艇の仕様について簡潔にまとめた文章が存在した。
「この脱出艇は、核融合パルスエンジンを搭載している都合上、万が一の事態に備えてきわめて信頼性を高めております。使用法を乗り込み、計器類中心のランプが青であることを確認、レバーを引けばメインの脱出艇と予備の脱出艇は母船から切り離され、脱出できます。」
ん?予備のコントロールがメインと共通になってどうする?もし予備脱出艇が残っていればこんないつ爆発するかわからない上にコントロールを受け付けない狂ったエンジンと一緒に救助を待たなくてもよかったんだぞ?
「あ~!生きて帰ったら怒鳴り込んでやる!誰だこんな意味不明な仕様の脱出艇を作ったのは?開発者に脱出艇だけで深宇宙に放り出してやりたい。自慢の脱出艇はさぞかし快適なんだろう」
マニュアルにも、「意味がない。使用せずに済むことを祈る」と赤字でコメントをしてあった。
気の利かない開発者への怒りはこの程度にしておくとして、仮説2の可能性も低そうだ。マニュアルをみた限り、故障していたらすぐわかるだろうし、たとえ故障していても一人だけ置いていかなくてはいけない状況というのが想像できない。
そうなると、やはり仮説3が一番もっともらしいとなるが、いったい一人だけ残らなければならない状況とはいったいどんな状況であろうか?
まさか、一昔前の船長たちのように「船と運命を共にする」なんてかっこつけたことをしたとも思えない。普通に考えて船長には事故のいきさつを説明する義務がある。
だめだ、このまま考えても考えはまとまらないだろう。別の資料を探そう。
ほかの乗組員のロッカーも開けさせてもらった。
開けてすぐに出てきたのは、ロッカーの戸に張られた一枚の写真だった。
写真には6人の男女が映っていた。背景は若干見える反射からガラス張りだと判断できるが、その奥はごつごつした岩だった。空はこれでもかというほどに黒く、極めつけはその黒い空に浮かんだ三日月形の青い星だった。
記憶を失っていても分かる、母なる地球を背景に6人のおそろいのラフなTシャツにズボンを穿いた男女が笑っていた。目を凝らすとTシャツには見覚えのあるエンブレムが書かれていた。
見覚えのあるのは当然だった。私が目覚めたあの部屋の壁に大きく書いてあったのだから、エンブレムはメリフラワーという文字がデザインされてあった。おそらくこの6人はこの船の乗組員なんだろう。
そこまで考えたところでふと気づいた。写真の中央で笑っている女性。見覚えがあると思ったら私ではないか。
私は、その写真をそっとロッカーから取り外してポケットに滑り込ませた。
まだ、記憶は戻ってきていないが、少なくとも一緒に並んで笑える人がいたと思うのは気分がいいものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます