拘束

キャシーが侵入者に気づいたときにはすでに9人の紺のアーマースーツに同じ色のヘルメットを被った警備隊は部屋に散らばって行った。しかしただ散らばったのではなく、3人はオペレーターに銃を向け動きを封じ、残りのアケミとキャシーに対しそれぞれ2人が銃を向けその間に残りの2人が素早く背後に回り2人の腕に手錠をかけた。ここまでにかかった時間は5秒ほどであった。

「ちょっと、どういうつもり?」

「司令官権限による拘束です、ご理解ください」

キャシーは状況がひっくり返ったと理解した。

「わかったわ。司令官に会わせて」


10分後、キャシー・ヤンと月面基地司令官、それに査察官は司令官執務室で向かい合っていた。警備隊の隊員は居なかったがキャシーの手にはまだ手錠が嵌められていた。

「まず、このような事態になったということが私としても不本意であったということは理解してほしい」

月面基地司令官は乏しい演技力を総動員して不本意そうな顔をしていたが、もはやこの場では意味のないことであった。

「私は説明を求めているの。あなたたちコントロールルームにいたなら緊急処置権限に基づく措置が発令されたのだって知っているのでしょう?」

「確かに緊急処置中の技術部門長を拘束することは司令といえども規則上、査問会議、私の場合は軍法会議も免れない」

「じゃあなんで?」

「キャシー、君はもう技術部門長ではない」

「卑怯者・・・」

「ああ。司令官権限の人事権を発動させてもらった。埃にまみれたような規則だが緊急事態では司令官は地上の同意を事後にまわして人事権を行使できる。君が古い規則を掘り返してくるなら私だってする」

「でもなぜ?私はただアンダーソン船長を救いたいだけなんです!司令もいままで妨害してこなかったということは、救出には賛成なのではないのですか?」

「キャシー・ヤン技師、落ち着いて話し合おうではないか」

それまで2人のやり取りを黙って聞いていたベッケンバウアー査察官が口を開いた。

「あなたは?」

ヤンが尋ねる。

「私はアレックス・ベッケンバウアー。大統領査察官です。以後お見知りおきを」

「知っていると思うが大統領査察官は大統領から直々に勅命を受ける。つまり、彼の意向は大統領の意向だということだ」

司令官の口調はこの場における序列を明確に示していた。いくら大統領直轄の査察官といえどもここまでの力関係を持つのは珍しい。

「大統領は、現状に不満を持っておられる」

「不満って何?私たちの仕事が気に入らないっていうの?」

キャシーはやや剥きになって叫んだ。

「いえ、現場の皆様の働きぶりに関してはホワイトハウス一同心より経緯を評しております。大統領が不満を抱いているのは宇宙開発を促進しようとする政治的勢力、宇宙派とでも言いましょうか、宇宙派の現状についてです」

ベッケンバウアーの口調には人を馬鹿にしたような響きがあったが、それでも引き付けられるものがあった。

「それは、あなたたちが首都でやる問題でしょ?」

「ええ、確かに。そうであればよかったのですが。ある、宇宙飛行士の存在が我々の目的にそぐわなくなってしまったのです」

「まさか・・・」

「ええ、アメリア・アンダーソン少佐です。たしかにアンダーソン少佐は優秀な宇宙飛行士であり技術者でした、しかし彼女は優秀すぎたのです」

「優秀で何が悪いの?」

「彼女は優秀すぎるあまり、見えなくてもいい組織の粗まで見えてしまっていた私は以前、彼女の査問を担当したことがありますが、彼女の洞察力には驚かされました。つまり政権にとっては危険な人物です」

「もしかして、今回の事故はあなたたちが仕組んだの?」

「まさか」と笑い飛ばす司令官をよそに、査察官は薄い笑みを浮かべながら言った。

「もし、そうだと言ったら?」

「告発します」

「しかし、証拠があるまい。メリフラワー号を回収できるならともかく」

しばしの沈黙ののちキャシーが口を開いた。

「わかったわ、そろそろ私にこんな話をした理由を聞かせてくれる?メリフラワー救出の妨害なら問答無用で営倉にぶち込んでもよかったはずよ」

「協力してもらいたい」

「断ったら?」

「大統領が判断する」

数秒の沈黙があった。

「話だけは聞くわ」

「わかった。最終的な結果はどうなろうと、この事故によって宇宙派は打撃を受けるだろう。そうなれば大統領が望んでいる我が国主導による真の宇宙時代への道のりは遠のいてしまう。我々はこれを気にさらに宇宙への歩みを進めるべく世論を誘導しなくてはいけない」

査察官の言いたいことが、キャシーにも分かってきた。キャシーは驚きに目を見開き、司令官は誰とも目を合わさないように顔を伏せている。

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