恐喝

俺は、植民地時代の面影の残る炎天下の旧市街地をオープンカーで疾走していた。この眠気で運転する危険は承知しているが、背に腹は変えられない。

目的地を考えると遠回りだが、ここに来た理由は目的達成に不可欠なものだった。

「さすが政治記者、時間には正確だな」

そう言うと車を寄せ、ラフではあるが隙のない服装の青年に話しかけた。当人曰く下手に正装で固めるより、涼しげな服装の方が心証が良いらしい。

「時間があまりない、乗れ」

「珍しいですね、先輩から連絡くれるなんて。それで、力を貸して欲しいってどういうことですか?僕としてはメリフラワー号のお話を伺いたいのですが」

車に乗ると青年はプライベートな表情で行くべきかビジネスで行くべきか悩むような表情を見せながら訪ねてくる。

「ちょっと厄介なことでね。フィリップ、君の切り札を使わせてもらいたい」

一瞬の間。

「どの切り札でしょう?」

フィリップは俺が何に関する情報を使いたがっているのか分かっているはずだ。その上で、チェスで言うなれば1手分パスをした。俺の一挙一動を見て判断をしようと言う腹だろう。

「分かっているくせに、マクラーレン上院議員のスキャンダル情報だ。何か掴んだって言っていただろう?」

フィリップと呼ばれた青年は、唇に手をあててしばらく考えた。

「この情報は、世間に出すつもりはなかったんですがね。この情報を必要とする理由と僕への見返りを教えてください」

大丈夫だ、考えていた通りに言えばいい、フィリップにも得になる条件のはずだ。

「分かった、簡単に事情を説明する。まず、メリフラワー号は無人ではない」

「先程の記者会見ではそんなことは言っていませんでしたね、確かに脱出ポットが射出されたとしか言っていませんでしたが」

すでにフィリップは後輩の顔から完全に第一線のジャーナリストの顔に変わっていた。

「そして、メリフラワー号の生き残りを救出するためにはあるものが必要だが、それには政治的判断とやらが必要だ」

「なるほど、ボスが乗り気じゃないから議員を脅して許可を出させるってところですか」

「ご明察」

「それで、僕にはどんなメリットがあるんですか?」

「この事故の顛末を教えるってことでどうかな?正式な調査結果より早く」

祈るような気持ちだった。ハンドルを握る手が汗ばむのは暑さのせいだけではないだろう。

「参ったな。しょうもないゴシップ記事がスクープに化けるってことですか?これは乗らない手はありませんね」

「手を貸してくれるか?」

少しホッとしながら尋ねる。

「いいでしょう。でももう一つ条件を追加させてください」

「なんだ?」

「メリフラワー号には生存者が残っているんですよね?では、救出成功の暁には早い段階での僕との独占インタビューをセッティングして下さい」

「おいおい、俺にそんな権限あると思ってるのか?俺にできる範囲内にしろ」

「これから政治家を脅そうとしている先輩にならできると思います」

真夏の日差しが彫りの深いフィリップの顔を照らしつけ、その笑顔は影と相まって不気味さすら醸し出していた。「交渉は僕がするので先輩は要求だけ伝えてください」と言われたので、特に打ち合わせをするでもなく目的地の高級住宅街に着いた。

「ところで先輩、アポはとってあるんですか?流石にアポなしは骨が折れますよ」

「まあ、先方から誰かを報告に寄越せって連絡があって。忙しかったから放置されてたんだけど…」

歯切れの悪くなったところを咎めるようにフィリップの目が鋭くなる。

「それ、いつのことですか?」

「昨日の朝かな?」

「…」

まあ、確かに「報告に来い」と言ったら無視されて次の日の昼にジャーナリスト連れてやって来たってかなり心証悪いだろうな…

運転をしながら、政治家を相手にするときのコツなどのレクチャーを受けていると目的地に着いた。


門が開いていたのでその車で中に入ると屋敷の玄関にスーツを着込んだ50過ぎに見える男性が立っていた。

「どうも、航空宇宙局の者です。議員のお召により参上いたしました。執事の方でいらっしゃいますか?」

アポがあるか微妙なところを突かれないように極力テンションを上げて押し切ろうとした。

「私が当家の当主です。おそらく、あなた方が会いたがっている議員です」

俺は固まり、フィリップは助手席で空を仰ぎ見た。


10分後。


「なるほど、アンダーソン船長のみが船内に残され船内のモニタリングは現在できていない。そう言うことだな?」

俺たちは、散々嫌味を言われながらも議員の執務室に通され現状についての説明をしたところだった。エンタープライズに関してはまだ切り出していない。

「救出のめどは?」

「救出は可能です。しかし問題もあります」

敢えて可能と言い切った。これはフィリップの意見で政治家と交渉するときは自信がなくても言い切るのが良いらしい。

「問題とは何かね?」

「エンタープライズ号をブースターとして使わせていただきたい。それには政治的な決断が必要です」

「そう言う専門的な判断は長官に一任している。彼が良いと言ったら私も賛成、彼が難色を示すなら私も難色を示す」

「事は人命に関わります。時間がないんです!」

「そもそも、アンダーソン船長は生きているのかね?」

「どういう事でしょう?」

「船長が生きている確証はあるのかね?」

より強い語調だった。

「メリフラワー号のエンジンは機能しています。少なくとも機関部には異常はありません、よって居住区も保全されていると考えています…」

フィリップの忠告にも関わらず、終盤は小声でどもってしまった。痛いところを突かれた。

「こうは考えられないかね?アンダーソン船長は既に殉職しているのでエンジンを停止させることができない」

「…」

どうしたら良いだろうか?とフィリップの方を見ると無言で頷いてきた。

「議員、私の方からお話があるのですがよろしいでしょうか?」

「君は誰かね?」

当然の反応だ。

「ジャーナリストのフィリップ・オーディンです。外聞を憚る内容なので、別室でお話ししたいのですが?」


15分ばかりたったであろうか。別室から戻ってきた議員は笑顔で苦虫を噛み締めるような顔という器用な表情をしていた。

「まあ、あれだ。人命に関する事だからな、メンツは大切だ。便宜はいくらでも払うから我が国の威信にかけて救出を成功させたまえ」

一体、フィリップはどんな弱みを握っていたんだ?何はともあれ。

「ご協力、感謝いたします」




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