遭難、食事

その頃、私アメリア・アンダーソンは食事の準備をしていた。

船外作業は予想よりはるかにリスキーな行為だということが明らかになり、全てのコントロールが何かしらの保安措置によってロックされている事は確認済みである。つまるところ何もできない。生命維持装置が正常に動いている限り、私が慌ててすべき事は何もないという事だ。

それでも人間というもの、生きている限り行わなければならないことがある。

食事と睡眠だ。

幸いなことに睡眠の方はたっぷり気絶していたらしいので食事の方を取らせていただくことにした。


というわけで、食事を探したわけだが。どうやら、この船にはとんでもなくほうふな食料が積み込まれているらしい。こんなことまで記憶を失っているのはいささか不思議に思うが、もしかしたら元々食事には一切関心がなく、レーションですませていたのかもしれない。

そんな冗談を内心でする程度の心の余裕が倉庫を漁り始めた時はあった。

『船長用、触るな』と書かれた段ボールを見つけるまでは。

自らがこの船の船長である事を確認するためにIDカードを取り出して確認を行ってから中身の検分を行い、そこで見たのは。

隙間なく敷き詰められたレーションだった。

「まさか、本当に無関心だったとはな…」

とはいえ、せっかく船長用と書いてあるのだから1ふくろもらっていくことにした。以前の私がどうであったかはわからないが、今の私はレーションの他にも食べたい気分である。

というわけで、他の場所も探してみる。酒類を除くあらゆる飲み物が出てきた。探せばどこかにウォッカの1瓶くらいありそうなものだが。飲み物は『コーヒー』とラベリングされたチューブを頂くことにした。蛋白質はチーズとハム、これは両方とも真空パックに入っていた。なぜか新鮮な野菜だけはなく、チューブ入りの野菜スープを頂くことにした。

「こんなに細かくされたら野菜だと気づけないのではないか?」

そんな事をほざきつつ、別にどこで食べても変わらないからと、その場で食べ始めて今に至る。


一人で食べる冷めた食事というものはどうにも人を悲観的な考えに引きずる特性があるらしい。やはり温めた方が良かったかなどと考えつつ。自分の今後について考えずにはいられなかった。

今頃、地球では救助の準備を進めているのだろうか?

一つの最悪な想定が脳裏を過ぎる。

まさか、メリフラワー号を

見失ってるなんて事はないだろうな…。

否定することのできない自分に気づいて、私は絶句した。(口はずっと野菜スープを飲んでいたが)

メリフラワーの通信装置は送受信共に故障している。地球がどのようになっているのか確かめようもない。もしかしたらきゅうじょどころではなくなっているかもしれない。

『救助どころではない』の具体的な内容を想像しようとした時、頭の片隅がむずかゆいような、思い出せそうで思い出せない事を思い出そうとしているようなそんな感覚がした。

「考えてもしょうがない事は放置するに限るな」

そう呟き、食事に戻ったもののチーズとハムは塩気が効きすぎているように思えた。最初にこんな強烈な塩気があったら味わいようがないではないか。

塩気と酸味と少々の脂っぽさを冷めたブラックコーヒーで飲み込むのは少々苦心したが、できない事はなかった。

そして残ったのは船長専用レーション。

袋を開けて出てきたのは長方形のブロック3つ。

かじって見ると、薄味で淡白な味わいであった。記憶は失っていても、嗜好は保存されるといったところだろうか。そういえば、記憶がないことに対する恐慌が起きないのも興味深い。私がもともと持っていた特性がそうさせるのか、はたまた宇宙飛行士としての訓練の中でそうあるように仕込まれたか。

「考えることだけはたくさんあるな…」

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